■第8話「震える心」
脚本/根元歳三 演出/佐々木勝利 絵コンテ/吉田英俊 作画監督/須田正巳
あらすじ
精神が不安定だとして、キースはマザー・イライザからコールされる。一方、好奇心旺盛なシロエはステーションを探索し、マザー・イライザのコントロール室を探り当てた。キースを診察したマザー・イライザは彼を「理想的に生育中」と診断する。
Aパート:キース呼出、サムの不安、行動を起こすシロエ、キースの論破
Bパート:シロエ捕縛、心を乱すキース、ジョミーの幻影、キースの活躍とサムの異常
コメント
キースとシロエとの喧嘩の一件は、ステーション中で噂になっていた。シロエは講義を休み、キースも講義開始直前にマザー・イライザからのコールを受ける。キースの様子を心配するサムは、ナキネズミのぬいぐるみを使って「元気でチューか?」と笑わそうとする。
一方のシロエは暗闇の中で「待ってろよ、キースアニアン」とほくそ笑む。何か企てがありそうな雰囲気である。
第8話は、メンバーズ候補の呼び声高い優等生のキース・アニアンと、凡庸だが気の優しい友人サム、そしてキースに対抗意識を燃やすセキ・レイ・シロエとの「感情」のもつれから、キースが自分自身を「発見」していく物語ともいえるものである。キースを中心に一方にサム、一方にシロエがそれぞれの自我と感情を持ってキースに作用するさまが、細かな場面転換で同時進行的に緊迫感を持って描かれている。ここまででベストの作話と感じた。
キースを呼び出したマザー・イライザは「あなたの心が不安定なので呼びました、原因は何かわかっていますね?」と問いかける。「下級生の挑発に乗り、無意味な争いをしてしまいました」とキースは答えるが、マザーは「それは原因の一部にすぎない」として、彼をセラピーへと導いてゆく。彼女によれば、「マザーの役割は迷うものの心を探り、疑問を解き明かし、心の安らぎを取り戻してあげること」だという。迷ったとき、疑問や心の葛藤を感じたとき、自分自身に代わってその心に向き合い、道を示してくれるありがたい存在なのだ。
マザーの呼び出しを受けたままなかなか戻ってこないキースを待ちながら、サムは不安を感じていた。カフェテラスの近くの席の同級生らの会話が耳に入ってくる。その内容は、マザー・イライザのことだった。その姿は「自分の親しい女性の姿で現れる」という。そこでキースのマザーはアンドロイドか?と言って揶揄していたのだ。
サムは思わず口を挟む。「おまえら、あいつに助けられたこと、忘れたのか? あいつのことなんか何もわかっていないくせに、勝手なこと言うな」と。しかし、彼らはこう反論した。
「あのときだって、キースが守りたかったのは俺たちじゃなく、このステーションだったのかも」そして、頭が違う、仲間遊びはやめとけ、などと諭されるのだった。
シロエが、マザー・イライザのメモリー・バンクと思われる不思議な空間に侵入していたそのとき、マザー・イライザはキースの心に侵入し、次のように分析をしていた。
人間の感情に関する疑問
周囲の者が見せる態度への疑問
感情的なものを無意味としながら無視できないでいる自分への疑問
しかし、それらは乗り越えられるもの
感情を知り、超越する者のみが、
テラを正しく導くのにふさわしい存在
計算通り、理想的に生育中。
彼女のキースに対する分析は、キースを不安げに待つサム、そしてキースの隠された真実を追い求めるシロエ、キースを揶揄する同級生など、キースを取り巻くすべての人々にも当てはまるものだ。とくに「感情的なものを無意味としながら無視できない」というところが、そうだろう。マザー・イライザは、「しかし、それらは乗り越えられるもの」と位置付けている。乗り越えられる者だけが、メンバーズになれるというのだ。それはキース自身の資質によるのだろうか? 他者への感情(共感、不安、好奇心、優越感や劣等感など)を切り離す、それは人として「心を空虚にし、心を殺す」ことにならないだろうか。
やがて目覚めたキースに、マザー・イライザは言う。「安心して、あなたの悩みは、まだ消すべきではないのです。あなたには、それを自分で処理する能力があるのだからそうでなければ、すぐれた人間とはいえないでしょう」
キースがサムのところへ戻ってきたとき、ちょうどサムは同級生らとキースのことで言い争っている最中だった。キースを見て、再度先の話題を蒸し返す同級生らに対し、キースはマザー・イライザのセラピーを受けたせいかのか、周囲の感情をばっさりと切り捨てて彼らを論破した。ただ、その様子はサムを別の思いへと駆り立てたようである。
一方シロエは、フロア001への侵入に成功し、そこでキースの正体につながるものを目の当たりにする。この、サムとシロエのキースに対する感情はまったく別々のものだが、後半でそれが一つに集約されていく。それは、訓練のため乗っていた宇宙船のコクピットで、キースとサムとが進路について話していた際のサムの言葉に言い表されているといっていいだろう。
「おまえには、わからないよ、違うんだよ、やっぱり俺たちは」
キースは、そんなサムの様子に心を乱される。彼にとって、周囲のものが感情的になっていることはわかっても、何が感情を動かしているのかは、理解できないように思える。自分自身の感情が動かされているときも、だから、その理由については理解が及ばないのかもしれない。
そんな、キースの「特殊性」を際立たせる事件が起こる。ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンが思念波でテラへメッセージを送ってきたのだ。
電波障害に端を発したその事件は、宇宙船に搭乗していた訓練生のみならず、教授をも意識不明に陥らせ、惑星の重力圏に入ってしまうという重大インシデントへ発展していく。窮地に陥った彼らを救ったのは、ジョミーによる思念波攻撃の影響をまったく受けないでいたキースだった。
それとは対照的に、サムとシロエは、ジョミーの姿を見て感情的に大きな影響を受けることになる。キースの活躍を喝采する声に浮かれることもなく、むしろサムの錯乱した様子に心を傷めるキースに安堵するが、それもまた、周囲の感情に影響を受けないという、彼特有の一面なのかもしれない。その、キースの特有さがどこからくるものなのか、シロエは大きな代償とひきかえに秘密を握っていた。
用語解説
「元気でチューか」
人気アイテムになっているらしい、ナキネズミのぬいぐるみを用いて、サムがキースに呼びかけた言葉。のちに病床のサムを見舞ったキースが、その真似をした。ナキネズミは思念波を中継する働きをもつ動物で、ジョミーが思念波を読むのを助け、ミュウの仲間らとのつながりを作った。キースは、サムとのつながりを通して、人の感情や共感性を感じ取ろうとしているのかもしれない。その象徴として、何気ないアイテムが生きているなと感じた。
評点
★★★★★ サムとシロエ、同時進行の緊迫感からキースの心に迫った傑作回。表情がよい。
>>第9話へ