レビュー
言わずと知れた戦国三傑の一人、徳川家康の人生を描いた大河ドラマ。家康は日本史上最も名の知られた人物だが、調べてみると大河ドラマの主役となったのは本作以外に「葵 徳川三代」しかない。しかも後者の方は家康、秀忠、家光の三人が主役だから、実質は本作のみということになる。
その理由は原作を見れば明かである。山岡荘八の小説「徳川家康」は新聞連載期間18年、文庫本で全26巻という大作で、世界最長の小説としてギネスブックに記録されているほどなのだ。
山岡荘八はもともと新聞記者で、戦時中は従軍記者として活躍した。原作小説の連載は終戦から5年後の1950年にスタートしたが、「戦乱の時代、戦いのない平和な世の中をめざして私利私欲を捨て、天下統一を果たした」という平和主義者としての徳川家康のイメージを造り上げ、母、於大の方が三河の小勢力、松平家に嫁いだところから、鯛の天ぷらにあたって死去するまでの70余年に渡る人生を見事に描き上げた。
それをテレビドラマ化しようというのである。全50回の放映に、全26巻の内容を落とし込んでいこうと思えば、1巻2回のペースで話を進めていかねばならない。この無謀とも思える挑戦に果敢に取り組んだのが、本作である。
徳川家康の人生を描くには、それだけではない難題が実はある。
織田がつき 羽柴がこねし 天下餅 座りしままに食らう徳川
の狂歌に言い尽くされている通り、家康の天下取りを描くには、織田信長、豊臣秀吉という他の英傑を必ず描かなくてはいけないのだ。しかも、家康はその三人の中で最も地味で、最も活躍し始めるのが遅く、「他の英傑より、より長く生きる」が戦国を勝ち抜く戦略というような人物であった。それだけに、他の二人が表舞台に出てくると、どうしても「光」に対する「影」のような扱いになってしまう。実際、山岡荘八の小説でもそうだったようで、信長、秀吉が天下統一を目指すうちは、ほとんど「空気」だったそうである。
そんな原作の主役を演じるのは、これまでの「たぬきおやじ」の家康像からはかけ離れた痩身の美男子、滝田栄である。1981年に「おんな太閤記」で前田利家を演じたのを憶えているが、家康はそれとはまったくイメージの違う武将である。しかも、原作では「空気」な存在感で、ネット上にあるインタビューを見ると、いくら台本を読み込んでも家康の人物像をつかみきれず、悩みに悩んだ末、家康が今川義元の人質時代に過ごした静岡の禅寺、臨済寺で修行したほどだったという。
そのような事情もあって、本作は全編是総集編といった、展開の早い、盛りだくさんの内容となっている。登場人物の数も非常に多く、家康にかなり近しい人物であっても、「そのあとどうなった??」と行方不明になってしまうケースが少なからずあった。
かような場合、幹がしっかりしていなければ、枝葉の部分がいくら豪華絢爛であってもストーリーがぐらぐらと不安定になってしまう。信長が輝けば信長の、秀吉が輝けば秀吉の、三成や淀君が輝けばその話に、と枯れ枝に灯ったイルミネーションの点滅のごとく、あちらこちらへと目が奪われて、本筋が見えなくなってしまうということがある。しかも信長は本作が出世作となった役所広司、秀吉は「3年B組金八先生」で飛ぶ鳥を落とす勢いの武田鉄矢、三成はのちに「料理の鉄人」で大ブレイクする鹿賀丈史、そして淀君はあの人気絶頂で夭折した女優、夏目雅子である。
目移りする豪華キャストが居並ぶ中、滝田栄は禅師とのやりとりの中で見いだした「家康の人生は苦の極みの連続」「戦国の世を終わらせる一念でその苦難を耐えきった」ことの中に、家康だけがもつ「かっこよさ」を見いだし、見事にその人物像を「幹」としてこの大作を演じきった。本作それ自身が行方不明にならずにしっかりとした幹を最後まで貫き通すことができたのは、山岡荘八の原作の中から、描こうとした人物像を巧みに抽出して書き起こされた脚本と、その人物像をしっかりと捉えて演じきった滝田栄、そしてその周囲を固める長門裕之をはじめとするベテランの「本気」を引き出す製作陣の意気であろう。
CGの発達した今では考えられないことだが、安土城の天守閣など、どう見てもそうとわかる「書き割り」である。しかし本来演劇というものは、セットや背景のリアルさによってではなく、役者の演技の一つひとつによって真に迫るものとなっていくものである。そのことを改めて実感させてくれたのも、本作の果実の一つだろう。
特に16歳の少年期から老年に至るまでの家康に扮した滝田栄の演技には、驚嘆させられた。謀反を企てた嫡男信康との最後の別れでの慟哭。「伊賀越え」でボロボロ、ヨレヨレとなってなお一揆勢の農民を畏怖させる存在感。関ヶ原の合戦、大阪冬の陣、夏の陣で見せる圧倒的な統率力。年老いて腰の曲がった老人となった姿もまた圧巻であった。
そして、無骨な田舎侍ともいうべき武闘派ぞろいの家康家臣団。中でも長門裕之演じる本多作左衛門は、もはや演技というより本人そのものでは、と思えるほどの存在感で、ともすれば信長、秀吉など大物武将の前に影が薄くなりがちな家康家臣団を見事に引き立てた。
ラストは期待に違わず、ちゃんと「鯛の天ぷら」をやってくれるのがうれしい。家康と親交のある京都の豪商、茶屋四郎次郎が南蛮由来のオリーブ油を携えて家康のもとにやって来たとき、思わず「キター!」。「これはうまい」と鯛の天ぷらを平らげる家康にニヤニヤが止まらない、という大河にあるまじき愉快な最終回となった。そんなところに、家康の信念によってもたらされた天下泰平の世のありがたさをふと思う。この大作を、製作陣や役者とともに駆け抜けた、そんな爽やかな後味の残る快作である。
評点 ★★★★
http://www.muddy-walkers.com/dorama/tokugawa.htmlTV・ドラマレビュー|大河ドラマ・徳川家康
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