レビュー
1988年製作・放映のNHK大河ドラマ「武田信玄」全50回をDVDにて鑑賞。平均視聴率39.2%、最高視聴率49.2%という驚異的な数字をたたき出し、前年の「独眼竜政宗」に続く歴代2位の高視聴率を獲得した作品である。主演は中井貴一。10代の武田信玄と、信玄の四男・勝頼を真木蔵人が演じる。中井貴一はこれまでの武田信玄の人物像とはイメージが違うが、そのギャップを覆す名演だった。信玄の母が語り手となり、毎回「今宵はここまでに致しとうござりまする」で締めくくられる。このナレーションはこの年の流行語となった。
群雄割拠の戦国時代。甲斐国の国主・武田信虎(平幹二朗)は信濃へ版図を広げようと、日夜戦いに明け暮れていた。嫡男の晴信(真木蔵人)は初陣を飾るが、戦いの中で傷ついた少女おここ(南野陽子)を助け出し、寺にかくまう。おここはやがて晴信の思い人となっていくが、政略結婚により京都から公家・三条公頼の娘を妻に迎えることに。嫁にきた三条の方(紺野美沙子)と乳母の八重(小川真由美)はやがておここの存在を知り、新婚当初から冷ややかな関係となっていく。
武田信虎の横暴は目に余るものになり、晴信の守り役の板垣信方(菅原文太)や、のちに晴信の長男義信(堤真一)の守り役となる飯富虎昌(児玉清)ら家臣団は不信を募らせる。父子の確執が表面化したことをきっかけに、家臣団は晴信を擁立。晴信は父を国主の座から外し、今川義元(中村勘九郎)が治める駿河国へ追放した。こうして国主となった晴信は山本勘助(西田敏行)という軍師を得て、武田騎馬軍団の働きで甲斐から信濃へ勢力を拡大していく。そんな彼の前に、越後の上杉謙信(柴田恭兵)という巨大な敵が立ちはだかる。
通年、全50回というボリュームを持つ大河ドラマは、扱う題材を選ぶものである。武田信玄は、それにふさわしい格をもった人物であるが、大切なのはそれ以上に「ドラマ」である。この人物を通して、どんなドラマを描き出すか。それが大河ドラマの醍醐味だろう。本作は、そんな醍醐味をたっぷりと味わうことができる。
なぜ、この大河ドラマは高視聴率を得ることができたのか。いくつかポイントをあげて、紹介してみよう。
(1)オープニング
大河ドラマ史上に残る名オープニング。テーマ曲は「風林火山」の四文字からイメージされたもので、映像も疾風のごとく駆ける武田騎馬軍団にはじまり、一転して静かな林の風景、そして爆裂する炎を背に賭ける騎馬軍団、そして雄大な日本アルプスの風景と移り変わり、最後に富士山で締めくくられる。CGという手段が未発達だった時代だが、実写によるイメージ映像は迫力満点で、森の中の一本道を駆け抜ける騎馬軍団など、何度見ても目を見張るものがある。
(2)物語る理由と主人公像
語り手を務めるのは、武田信玄の母役の若尾文子。「我が子晴信は…云々」と必ず「我が子」とつけて語りだすのであるが、それは、母親として我が子が後世の人々から誤解されている、その誤解を解きたいという動機に裏付けられている。具体的に何がどのように誤解されているのかはよく分からないが、私たちが一般的に持っている歴史上の人物としての武田信玄と、ドラマで描かれる武田信玄との間に何らかのギャップがあることが予想され、ついつい、見てしまうのである。
(3)家庭内不和と主人公の内面
大河ドラマといえば戦国武将の天下統一をめざした華々しい戦いが、どうしてもメインになる。武田信玄といえば、誰もが期待するのは宿命のライバル、上杉謙信との決戦「川中島の戦い」であろう。しかしそこに至るまでの信玄の苦難のドラマがある。その一つが家庭内のいざこざである。少年期には、今で言うDV親父の父、信虎に振り回され、ついに父と対立したあげく廃嫡の危機に立たされる。一方の三条の方は乳母の八重も巻き込んでの冷戦状態。昼ドラさながらのドロドロした家庭内不和ドラマが展開される。これが、「我が子晴信」の真の姿だったのか、ときっとご婦人方の心をつかんだに違いない。平均視聴率39.2%という驚異的な数字をたたき出したのであった。
(4)ど迫力の合戦シーン
しかし、昼ドラ展開ばかりではやはり胸焼けがするのである。胸がすく、といえばやはり熱い男の合戦シーンであろう。本作は、大河ドラマ史上最高といっていい合戦シーンが展開される。なぜなら、武田といえば騎馬軍団。日本のどこにこんなにたくさんの馬と、乗馬の出来るかっこいい人たちがいるのかと思うほどで、まさに武田騎馬軍団の名に恥じないロケが行われた。家臣団の重鎮はもとより、雑兵キャラもしっかり立て、その中で使いっ走りの雑兵だった源助が取り立てられて足軽大将、そして武田家臣団の一員に昇進していく様が描かれ、合戦の中での大将から足軽までの戦い方が描き分けられていたことも、本作の特色の一つとなっている。
(5)はずれのない豪華キャスト
武田信玄を演じるのは中井貴一。従来の信玄像とはイメージが大きく異なっているが、これは上記のような「真の姿を伝える」というドラマ展開においては、プラスになったのではないだろうか。信玄が心を寄せる「おここ」と、彼女に瓜二つの「湖衣姫」を演じる南野陽子は当時のトップアイドルで、大根役者であるのもやむを得ないが、彼女と対立する正妻の三条の方を演じる紺野美沙子は予想外の名演だった。「ええとこのお嬢さん」キャラとばかり思っていたが、ここではプライドが高く嫌みと僻みのオンパレードのいやーな性格の京女をここぞとばかりに演じている。家臣団に菅原文太や児玉清、宍戸錠、橋爪功など。軍師の山本勘助に西田敏行、長男の義信に堤真一、今川義元に中村勘九郎、義元の母に岸田今日子、上杉謙信に柴田恭兵、北条氏康に杉良太郎、諏訪頼重に坂東八十助(のちの坂東三津五郎)など、蒼々たる面々がそろっており、レベルの高い芝居を堪能することができる。
(6)お騒がせキャラ 信虎&八重
そんな豪華キャストの中でもとくに異彩を放つのが、信玄の父信虎を演じる平幹二朗と、正妻・三条の方の乳母、八重を演じる小川真由美である。二人の立ち位置は、まさにお騒がせキャラ。表に裏に立ち回り、裏で陰謀の糸を引き、いつも信玄を困らせようと画策しているのである。最初のうちは大まじめにドラマとして見ているが、だんだんと、お騒がせキャラ的立ち位置であることが明らかになってくると、出てくるだけで笑いがこみあげ、次はなにをやらかしてくれるのかと、楽しみになってくるのである。
さて、このように、本作の人気の秘密をいくつかあげてみたが、他にも見所はたくさんある。山梨県小淵沢町に造られた大規模なオープンセット。「恐れながら、申し上げます」などなど、時代劇らしいセリフの言い回し。三条の方をはじめとする女性陣の(+織田信長の登場のたびにハデになっていく)豪華衣裳。最後の二回は病に倒れ、寝たきりの主人公信玄。見るからにいい人キャラの家臣、飯富兵部を籠絡してしまう八重の手練手管。夫、義信が義父信玄にクーデターを起こしたことで幽閉され、ついに死んだことに逆上して信玄を呼び捨てする、義信の妻おつね、妖怪よばわりされる八重の怪演、などなど。中だるみする話もなくはないが、全編にハラハラ、ドキドキ、えっどうなるの?的お楽しみの詰まった、人間味あふれる歴史ドラマである。これは、一度通してみても決して損はしない、大河ドラマ史上に残る名作といえよう。
評点 ★★★★★
http://www.muddy-walkers.com/dorama/shingen.htmlTV・ドラマレビュー|大河ドラマ・武田信玄
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