レビュー
今では当たり前になった感があるが、ジャニーズのアイドル初主演となる大河ドラマで、そのせいもあって放映当初は賛否が分かれていたような記憶がある。しかし今見てみると、大胆に冒険した意欲作であったことがよく分かる作品となっている。
舞台となるのは平安末期、これによって古代が終焉するという治承・寿永の乱(世にいう源平合戦)の時代で、大河ドラマで取り上げる舞台としては最も古い方に入る。悲劇の貴公子として人気の高い源義経を主人公に、前半では平家の隆盛を平清盛の目指した通商貿易国家「新しき国」をキーワードに描き、後半では源平合戦の勃発から平家の滅亡、義経の逃避行と最期までを描いた。
源義経は、実はよく知られている生涯のうち、史実といえる部分が非常に限られている。黄瀬川で兄の源頼朝と対面した22歳から、源平合戦で活躍した後奥州平泉で自害して果てる31歳までのわずか9年間の記録しか記録がないのだ。私たちがよく知っている、鞍馬寺で幼少期を過ごし、五条大橋で弁慶と出会うとか、歌舞伎の演目「勧進帳」で有名な「安宅の関」のエピソードなどは、のちの伝説とみてよいだろう。しかし「判官贔屓」の言葉が生まれるほどに、義経は世に愛された。本作では、そうした伝説的英雄をあくまでも伝説的に、強く、はかなく、美しく描き切っている。
印象的な場面がいくつかある。五条大橋での牛若丸(滝沢秀明)と弁慶(松平健)との出会いの場面。月明かりに照らされた橋に桜の花びらが舞い散るという幻想的な舞台で、都で乱暴狼藉の限りを尽くしていた荒法師弁慶と、被(かずき)で身を隠した貴公子・牛若丸がすれ違う。あと一本で奪った刀が千本になる弁慶は、いい鴨が来たとばかりに襲いかかるが、ひらりと身をかわす牛若丸。むきになった弁慶に、母からもらった笛を落とされてしまった牛若が本気になってついに弁慶を返り討ちにする。
伝説的なこの場面は実物大の橋を作って撮影され、欄干に、そして弁慶の刀の上にひらり、ひらりと飛び移る牛若丸の驚異的な身のこなしを、ワイヤーアクションで表現している。
壇ノ浦の合戦の場面も圧巻であった。平知盛(阿部寛)と源義経(滝沢秀明)がともに船の舳先に仁王立ちになって対峙。そこから有名な義経の「八艘跳び」の活躍がはじまる。義経に切り掛かる敵の刀に義経の部下である喜三太(伊藤淳史)が砂金の入った袋をぶつけるのだが、裂けた袋から砂金が飛び散って、金粉舞う中を次々に船から船へ飛び移る義経の姿が重なり、血なまぐさい戦場に神々しく幻想的な光景が描き出された。
鶴岡八幡宮の源頼朝(中井貴一)と北条政子(財前直見)の前で舞を奉納する静御前(石原さとみ)。同じ頃、山伏に変装して奥州への逃避行を始めていた義経ら一行との戦いとオーバーラップさせながら、たった一人で鎌倉殿と、舞と謡を武器に対峙する静の戦いを描いた。静御前の舞姿に真っ赤に色づいた楓の葉が舞い散るさまを重ね、まるで絵巻物のような美しさを演出した。
そして、歌舞伎の演目「勧進帳」であまりにも有名な、安宅の関でのエピソードがある。安宅の関の関守の富樫左衛門(石橋蓮司)は、山伏一行を訝しんであれこれと質問。東大寺再建のための勧進を行っている、という弁慶の嘘を暴こうと、その勧進帳を読んでみるよう命じる。手持ちの白紙の巻物を広げて読み上げる。疑いをはらして行こうとする一行の中の義経の笛を見とがめ、呼び止める富樫に対して、弁慶は主君である義経を、「笛を盗みおったか!」と怒って涙ながらに打ち据える、という名場面である。ここは名優・松平健の一世一代の名演で、歴史に名だたる演目を見事に演じきった。
このような名場面に加えて、本作に深みを与えているのが、義経が幼少の頃平清盛(渡哲也)を実の父と信じて慕っており、清盛からも目をかけられていたという設定である。それは清盛の三男、平宗盛(鶴見辰吾)の落ちこぼれっぷりと絡めて描かれる。一方、実の兄頼朝とは壇ノ浦のあとから無断任官を理由に疎まれ、やがて激しく対立するようになる。清盛と頼朝、時代を切り開いた二人の巨人を描き、その狭間で翻弄されて悲運の道を歩むことになる義経が描かれる。しかし清盛の構想した「新しき国」を義経が受け継ぐという流れが作られているために、悲劇的な最後にも一筋の光が見えるという斬新さがあった。
本作のラストはそんな斬新さが遺憾なく発揮されたもので、一見の価値がある。伊勢三郎、駿河次郎など義経の郎党たちが奮闘しつつも討ち取られ、お花畑に花びらを散らしながら倒れ込んでいくさま、弁慶の「立ち往生」など、本作を大いに盛り上げた戦闘場面の集大成である。さらに、文字通り、自刃するために義経が籠った堂から、爆音とともに一筋の光が立ち上り、その光の中から躍り出た白馬が天を駆けていうという演出は、悲劇を通り越して、ある種の笑いさえもたらしてくれる。放映当時はネット上で非難囂々だったようだが、今見るとその演出力は際立っており、最後に「義経ジンギスカン伝説」すら想起させるほどの強烈な印象を残した。英雄的な活躍と悲劇的な最期たけが史実として伝わる伝説的人物を主役に置いたドラマとしては、最高の結末ではないだろうか。
主役の義経を演じるのは滝沢秀明。弱冠22歳での大河主役起用で、貴公子然としていながら超人的な戦闘能力を持つ人物を爽やかに演じている。正直、最初は表情の乏しい淡々とした演技だなあと思ったが、周りの演技に押されてだんだん良くなってきた。抜群のアクション能力がその分をカバーし、申し分のない、ある意味イメージ通りの義経となっている。
弁慶役の松平健は、ちょっとベタな熱血キャラをうまく演じている。南原清隆(伊勢三郎)、うじきつよし(駿河次郎)というアウトロー上がりの郎党との掛け合いはコミカルに仕立てられているが、脚本の良さもあって俳優陣が乗ってきていることがわかり、楽しいものとなっていた。
義経の兄の源頼朝は冷徹なマキャベリストとして描かれている。中井貴一が、複雑な心情の中に生きるこの希代の政治家を、見事に演じた。腰越状を読んで後悔する頼朝と、兄頼朝の拒絶を受けて鎌倉との訣別を決意する義経。二人のこの場面は、その演技がすばらしく、悲劇への序曲ともなる名場面となった。
本作の深みを増しているのは、渡哲也演じる平清盛であろう。渡哲也は「西部警察」のイメージがあまりに強いが、この作品では、強面でありながら牛若丸に対して我が子にも見せないような優しい父の一面を見せるという厚みのあるキャラクターをつくり出し、「驕れる平家」ばかりではない人物像を見せてくれた。
個人的には鶴見辰吾の平宗盛が良かった。最後は頼朝の命で義経に斬首されるが、その命が伝えられる前のつかの間のひととき、義経との昔語りから、自分の運命を察した上で義経の前に出てきたことを明かす場面が好きである。貴族化した武士で「驕れる平家」の典型的キャラだが、最後に武士の情けともいうべきものを見せたところに、本作に流れるある種の「平家愛」を感じた。
義経が主役ではあるが、その時代を動かした巨魁や、翻弄された多くの人々を多面的に描いたという意味でも素晴らしかった。手軽に楽しみたいむきには、3話にまとめられた「総集編」をおすすめしたい。
評点 ★★★★★
http://www.muddy-walkers.com/dorama/yoshitune.htmlTV・ドラマレビュー|大河ドラマ・義経
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