MUDDY WALKERS 

大河ドラマ「草燃える」

草燃える1979年 日本 全50回

製作総指揮斉藤暁
演出大原誠 ほか
原作永井路子
「北条政子」「炎環」「つわものの賦」

出演
石坂浩二/岩下志麻/松平健
滝田栄/金田龍之介/松坂慶子
国広富之/郷ひろみ/真野響子
藤岡弘/中山仁/柴俊夫
武田鉄矢/多岐川裕美/友里千賀子
黒沢年男/江原真二郎/伊吹吾郎
佐藤慶/尾上辰之助/尾上松緑
草笛光子 ほか

概要

 鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻であり、二代将軍・頼家と三代将軍・実朝の母である政子の生涯を中心に、関東に武家政権を築いた頼朝の時代から、北条氏が実権を握り政権を盤石にした承久の乱までを描きます。
(NHKオンデマンド・作品紹介より)

レビュー

 私が10代前半の頃に放映された大河ドラマで、NHKオンデマンドで視聴したのだが、マスターテープの一部が散逸したため今に至るまでDVD化もされないという珍しい大河ドラマである。そんなわけで、オンデマンドでは全5話からなる総集編という形で公開されており、全編通して見たわけではないことを、最初にお断りしておく。
 実際に視聴してみると、なんとはなしに、元テープが散逸してしまうのも無理はない、というような作品である。出来が悪いわけではないが、ある意味時代の先を走りすぎ、受け入れられなかったというべきだろうか。逆にいえば、一部にはハマってしまったマニアもいる、というような作品である。  何が意欲的かというと、まず、大河ドラマ史上初の「現代的ことばづかい」の作品であるということだ。今年(2016年)放送中の大河「真田丸」も現代的ことばづかいの脚本が非常に違和感を感じさせているが、今から30年以上前の大河でこれをやったのだから、ある意味すごい。それが、30数年前の、やや時代劇がかった大仰な演技と相まって、いまだかつて経験したことのないような、ネットリと絡み付くような演技となっており、見ていて少々辟易してしまう。
 もう一つ、意欲的だと感じるのはその作風である。先にレビューした「義経(2005)」は美しく幻想的な絵巻物のような絵づくりがされていたが、「草燃える」は反対に、時代性を反映させるかのようなリアルな絵づくりを志したように見受けられた。例えば東国武士の言葉遣いがいかにも田舎侍という感じだであったり、亀の前という頼朝の愛人の存在を知った北条政子が亀の前の家の徹底破壊を命じて実際に壊してしまう場面があったり、都をおそった養和の大飢饉で人肉を食らったというような描写や戦闘・暗殺の場面など、茶の間で家族揃ってみるには心穏やかではいられない残虐描写も厭わない、というある種のこだわりが感じられた。

 取り上げているのは、源頼朝(石坂浩二)と北条政子(岩下志麻)。頼朝が東国武士の力を結集して鎌倉幕府を開くところから、その後の幕府の内紛の中で北条家が政権を掌握し、後鳥羽上皇(尾上辰之助)が鎌倉幕府に対して挙兵した「承久の乱」に勝利するまでを描く異色作である。  この時代を描く際の土台となるのは、軍記物語である「平家物語」と、鎌倉幕府によって編纂された歴史書「吾妻鏡」だが、本作では物語性が高く、源氏の側では義経の活躍がクローズアップされがちな「平家物語」からの引用を一切排し、「吾妻鏡」をベースに展開しているところが特徴的である。「吾妻鏡」は幕府編纂とはいえ、源氏三代が途絶えたあと、北条家が実権を握っていた頃にまとめられたものだけに、本来なら武家政権を樹立した源頼朝がヒーローとなるべきところを、政治面、その他のダークな一面にスポットをあてて、良く言えば人間的に、悪く言えばアンチヒーロー的に描いており、それがダークな作風につながっている。しかも、主役なのに途中で死んでしまうという悲惨さがそれに輪をかけている。実質的な主人公は北条政子とその弟の北条義時(松平健)なのである。

 ストーリーは、源氏の嫡流だが流人となっている源頼朝と、彼の監視役を任されている北条時政(金田龍之介)の娘、政子との禁断の恋というロマンチックな展開から始まる。ここに、北条政子に横恋慕していた伊東祐之(滝田栄)の失恋と侮辱という暗い話を絡ませるのが本作ならではの持ち味で、滝田演じる伊東の悲惨な運命が、政子らと対照的に描かれていく。ちなみに彼は落ちぶれて京の都で浪人となり、最後には目を潰されて琵琶法師になるという鬱展開が待っている。
 この伊東祐之の親友であったのが政子の弟北条義時(松平健)で、武闘派ぞろいの東国武士団の中では戦闘よりも学問好きな異色の存在。男勝りの激情家の姉・政子とは対照的に温和で朗らかな性格だが、都の権謀術数を身につけ、しかも無類の女好きという源頼朝の側近として仕えるうちに、だんだんと表情が変わってゆく。彼は大庭景親の娘・茜(松坂慶子)と恋仲だったが、茜は父の助命嘆願のため頼朝と面会したときに見初められ、頼朝に寝取られてしまう。しかも頼朝から「これは二人だけの秘密な」と、嫉妬深い政子への口止めを言い渡される。頼朝に引きずられて、暗黒面に堕ちていくきっかけとなったこの場面は、石坂浩二の絶妙な演技も相まって、思わずニヤリとさせられる。

 頼朝率いる鎌倉軍による平家滅亡は定番のクライマックスだが、本編では前半終盤にあたる。義経の描き方が、これまた悲劇の英雄というイメージがガラガラと崩れ去るようなウザい人物になってしまっている。頼朝が奥州征伐の際に、平泉に立ち寄り義経が自刃した堂に立ち寄って慟哭する場面は本来なら感動を呼ぶ名場面になっただろうが(石坂浩二は名演である)、頼朝も義経も感情移入のしにくい人物像になってしまっているために、見ている側は淡々とした気持ちで見過ごしてしまう、という感じになってしまっていた。頼朝亡き後、二代目将軍となる源頼家(郷ひろみ)も性格に問題のある人物として描かれ、誰に思い入れして見ていけばいいのか、宙ぶらりんになったまま取り残されていく感が否めない。
 そんな中、存在感を増していくのが北条義時である。頼朝亡き後の政権運営をめぐって、主導権争いが激化する中、政敵を力で排除していく。この血で血を洗う戦いが後半の展開だが、とにかく暗い話が続くうえに、大河で皆が期待する「偉大な人物の生涯」からどんどんかけ離れていくために、もしこれが総集編でなかったら、見るのが辛くてたまらなくなってしまったであろう。

 総集編のラストとなる第5話は「尼将軍・政子」というタイトルで、本来なら、頼朝の死のあと、女性でありながら鋭い政治的センスを持って御家人たちをまとめあげていく北条政子が前面に出てくれば後半の展開も面白くなっただろうと思うが、岩下志麻という希代の強面女優を配しながら、暗躍する義時の影で己の不幸を嘆くばかり、「尼将軍はどこへやら」という感じになってしまった。クライマックスは承久の乱の勃発で、後鳥羽上皇の挙兵に対向して立ち上がる東国武士団を奮起させるための政子の演説の場面なのだが、そんなこともあって盛り上がらないことこの上ない。そして勝利はしたものの、結果的に頼朝との間にできた頼家、実朝の二人の息子を暗殺により失った政子は「私一人になってしまった」と呆然とした表情で「完」となる。それもまた、衝撃的なラストであった。
 「吾妻鏡」に忠実な永井路子の原作による作品だけに、群像劇として描かれはしたものの、本来武家政権樹立の立役者となった源頼朝がことさらダークに描かれ、結果的に、北条家を中心とした東国武士団が、都から来た貴人・頼朝を担いで政権奪取を謀った話となってしまった。歴史的にもそういう一面はあるだろうが、そうはいっても天才政治家・源頼朝の存在なしにはなし得なかった偉業であろうと思うと、残念な仕上がりである。血塗られた歴史、という暗部ばかりが強調された本作は、ドロドロ風味が強すぎて、物好き以外には勧められない特異な大河である。

評点 ★★★

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