スーパーカブ

第9話「氷の中」

あらすじ
 9月末、寒さが本格的になり、小熊と礼子はカブの防寒装備の必要を痛感する。椎の父からアブラッシヴ・ウールのセーターを譲り受けた小熊は、高校の家庭科教師にセーターの仕立て直しを依頼する。

Aパート:グラッパ入り紅茶、アブラッシヴ・ウール
Bパート:高くて買えない、ウィンドシールド装着

コメント

 富士山初冠雪のラジオが流れたことから時期は9月末か10月初めと思われるが、彼らの寒がりぶりはどうだろう。まるで北海道のオホーツク海沿岸か、どこか遠い北の国にいるかのようであるが、この時期は北海道や東北でもそれほど寒くなく、夏の酷暑から解放され、ツーリングには絶好の時期である。
 見かねた椎の父親が古着を差し出すが、渡されたセーターの素材は「アブラッシヴ・ウール」、アニメを見た視聴者がいくらググっても分からない謎の素材で、北米産の油分の強い羊毛と説明されるが、どうも眉唾、うさんくさい感じがする。
 希少素材のセーターに手直しを依頼された高校の家庭科教師は驚き、小熊は譲られたセーターをカーディガンと靴下、水筒カバーに仕立て直す。アブラッシヴ・ウール(abrasive wool)とは、直訳すると研磨用の工業繊維でスチールウールの別名である。その素材は鋼鉄で、どう見てもセーターの素材には見えない。
 種明かしをすると、このナゾ繊維は大藪春彦の小説で主人公が愛用している衣類の素材とされるもので、他に用例が見当たらないことから、この大藪が元になった素材を誤解または誤読し、それを読んだスーパーカブ作者がロクに調べもせずに孫引きしたもののようである。
 筆者も知らないのでサイト共著者の飛田カオルさんに尋ねたところ、「アランニット」ではないかとの答えで、調べると名前以外は特徴もデザインも酷似したセーターが検索できる。オリジナルはアランニットで、その後、幾人かのハードボイルド作家を経て言葉に尾が付きヒレが付き、大藪に至ってアラン=ニットはアブラッシヴ・ウールになり、由来まで違うものになってしまったようである。だいたい胴長短足で平たい顔族の日本のハードボイルド作家に、外国語の教養なんかあるわけない。

ウィンドシールド
 スーパーカブの純正アクセサリーには塩ビ製とポリカーボネート製の2種類のウィンドシールドがあるが、機能が圧倒的に優れているのはポリカーボネート製で塩ビシールドは旧型カブの純正オプションだったものである。アニメでは小熊が旧型シールドを、礼子が旭風防製を装着しているが、どちらも塩ビ製である。
 塩ビ製はポリカーボネートより薄くて軽いが、耐久性は2〜3年もすると黄ばんで曇り、透明度がなくなる消耗品である。一見親切なように見える下部のハンドル覆いは冬季には下方視界を遮り、凍結路面など危険な路面の発見が遅れる原因にもなる。傷も付きやすく撥水性も悪いため、雨天時には跳ね返る雨滴で視界がほとんど無くなるなど、あまり上等な製品とはいえない。これらの欠点はポリカーボネート製では改善され、長期使用もできるものになっている。実は値段もあまり変わらない。
 アニメではカフェカブの口コミから、このシールドを「防寒対策の最強のツール」として崇拝しているが、より防寒性が必要なはずの北海道の郵便配達では使用されていない。やはり視界の制限と、降車の際にヘルメットがシールドに当たることが装着を躊躇させる原因になっていると思われる。こうして見ると欠点だらけのように見えるが、若干のメリットはあり、非力なカブの場合は装着すると空気抵抗が僅かに軽減するため、最高速度が少し上がるメリットがある。

アラン=ニット
 アニメでは「アブラッシヴ・ウール」と紹介されている編み柄が施された白いセーターで、アイルランドのアラン島で6世紀の昔から、漁に出る夫の無事を祈る妻たちの手により編み続けられていたものとされる。寒い北の島の漁撈で着用するため、毛糸には未脱脂の羊毛が用いられ、防水性と防寒性に優れている。編み目は編んだ家ごとに異なっているため、哀れ愛する夫が溺死してセーターの模様しか分からない惨死体となって打ち上げられても、模様から身元が分かるとされている。
 20世紀に島を訪れた裕福なイギリスの女権運動家ゲインが注目し、彼女の知り合いの服飾評論家キーヴァの紹介で島外に輸出され、JFKの時代のアメリカでブレイクした。一時はアイルランドの輸出総額の3分の1を占めていたとされる。渡米した大藪春彦がアパラチア山脈かどこかでアブラッシヴ・ウールの小ネタを仕入れたのはこの頃と思われる。おそらくアランニットの模造品であろう。
 ラノリン油による手入れが必要なオイルセーターで臭いがあるとされるが、現物を知る飛田カオルさんによると、「そんなに臭わない」という話である。
 由来は6世紀とされるが、実は活動家が島を訪れる30年ほど前の20世紀初頭にアメリカ帰りの名称不詳のスコットランド人女性が故郷のガーターセーターの編み方を元に、息子の堅信礼のために編んだ装飾性の高いセーターが最初である。ゲインが島を訪れた時には島中の婦人がこのセーターを編んでおり、感動した女性運動家が以前からあるものと勘違いしたようである。扱ったシアーズも話は盛っても、服飾評論家が創作した聖人エンダ伝説などの真偽については再調査は求めなかった。
 そのため伝説は創作だが、手編みの希少なセーターであることは本当で、技法や紋様は最初のセーターから100年間、母から娘へ口伝えで伝えられ、アラン島では現在もセーターが編み続けられている。その大半は日本に輸出されている。
 アニメではアイルランドの漁民はロッキー山脈の猟師に変えられ、名前も地名から研磨用ウールに変わっているが、なぜそうなったのかは作者がコピペした大藪春彦先生(故人)にあの世で聞く以外どうしようもないだろう。

評点
 北杜の高校生は学校で酒を飲んでいるのか。



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