■第8話「椎の場所」
あらすじ
文化祭で水色の印象の少女、椎と知り合った小熊は誘いを受け、礼子と共に彼女の両親が経営する喫茶店「ブール」を訪れる。
Aパート:椎のモールトン、喫茶「ブール」
Bパート:メスティン購入、椎の母登場
コメント
文化祭の謝礼に小熊と礼子が椎の実家、喫茶店「ブール」に誘われる話だが、礼子は常連で朝食など食べていることから、一般の店と同じくモーニングもやっているらしい。冒頭のモールトンに始まり、全編Monoマガジンかと思えるほど意匠やデザイン、銘品の紹介が続くが、説明自体バブルおじさんの自慢話を彷彿とさせ、作品のテーマから外れてしまった感じがある。コーヒーを飲みながら礼子がカフェレーサーの話をするが、カフェレーサーとカブの組み合わせは他に考えられないほど相性の悪いものである。
椎に紹介された父親が小熊に差し出したのはハワイアン・コナの中煎り、コーヒーも礼子はカロシトラジャの深煎りと最高級品で、それを電気マシンでガーと淹れている椎のバリスタへの道はまだ遠い。店はチロル風の外観とドイツパン売場、イートインは50’s風アメリカンダイナーと変則的だが、この無国籍な部分はモデルにした店とは異なる作品オリジナルである。どうしてそうしたのかは良く分からない。
前話から冬の寒さ対策が話題に上っているが、季節は9月中旬で場所が北杜では話は少し大げさで、霧ヶ峰の頂上にでも行かない限り、この時期で寒さを感じることはあまりないはずである。頂上に行っても気温は平地マイナス5度ほどで実はあまり寒くない。この程度の寒さならハンドルカバーまでは必要なく、それこそ軍手で十分である。
椎の母親は最初は金髪に青い目で登場するため、椎は日本人の父親とのハーフと思われたが、実はアメリカ崇拝が嵩ずるあまりアメリカ人になり切ってしまった日本人の女性で、最終回では金髪はそのままに黒目で登場する。服装はメイド風だが、これは50年代アメリカのカーホップの衣装で、秋葉原のメイドとは別の意味で、かなりイタイ人である。
アレックス・モールトン
本話で初めて紹介された価格120万円のイギリス製自転車。椎はこの高級自転車で毎日高校に通学している。オメガやジッポライターと並ぶ80年代Monoマガジンの常連メカでミニベロ車の元祖。ミニのサスペンションを設計したモールトン博士が立ち上げたブランドで、初期のMシリーズと再建後のAMモデルがあり、ほか、パシュレーに製造を委託したAPBモデル、ブリジストンでライセンス生産されたブリジストン・モールトンがある。
曽祖父がグッドイヤーのゴム産業の大立者、ステファン・モールトンであったことから、アレックスも弾性工学に造詣が深く、彼の設計したサスペンションは全てゴムの弾性を利用した緩衝機構を持つ特徴がある。モールトン自転車もその例に洩れず、前輪にガス封入式ショック、後輪はラバーコーンのサスペンションで路面の凹凸を吸収している。
博士は大径ホイールより小径ホイールの方が慣性が小さいので踏力を効率よく伝え、操縦性にも優れていると提唱したが、これは彼が設計に関わったブリティッシュ・ミニと同じ考え方である。モールトンの小径ホイールは他のミニベロ車と異なり、コンパクトネスを追求したものではない。その自転車は踏力や慣性力を緻密に計算してギア比を工夫することによってロードレーサー並みの時速40キロで巡航することができ、直進安定性は高く、博士入魂のサスペンションはベルベットのような乗り心地と評される。
惜しむらくは、博士が自転車製造を始めた当時のイギリスは、「イギリス病」という長期の経済低迷に苦しめられており、労働争議が頻発し、その自転車の品質はお世辞にも褒められたものではなかったことがある。複雑な取り回しの鋼管フレームは車両ごとに修正が必要で、売れ行き不振からモールトン社は何度も財政上の危機に直面している。椎が入手したのはラレーから製造権を買戻した後のAMモデルであり、乗り出し前に国内でかなりの調整が必要だったと思われる。
なお、礼子の言う「お城製」とは、製造がブラッドフォード・オン・エイボンのモールトン本社工場の個体を指すMonoマガジン読者の隠語で、流通しているものは事実上AMモデルに限られる。
八ヶ岳おろし(颪)
甲信地方の冬は同じ気温でもはるか北にある札幌よりずっと寒く感じるが、その理由は温帯湿潤気候で湿度が高いことと(北海道は冷帯)、この時期に3千メートル級の高山から吹き下ろす山岳風(おろし)のためである。2月の最低気温は札幌がマイナス6度、甲府はマイナス0.7度で甲府の方が暖かいように思えるが、風速3mのおろしを加えると体感温度はマイナス10度となり逆転する。一般に湿度が高いほど風に晒された時の体感温度は低くなる傾向がある。
武川町は釜無川と大武川の合流点にある湿潤な場所であり、湿度が高いことから体感温度はさらに2〜3度低くなる。北西からの「八ヶ岳おろし」のため、こと寒さにおいては北海道よりも過酷な環境である。それでも小熊らが寒さ対策を云々し始めたのは9月半ばのことであり、この時期には風はあっても「やや肌寒い」程度で、寒さが本格化し始めるのは11月以降である。筆者もこの地方は何度も訪れたことがあるが、この時期は標高1,000mを越える清里高原はともかく、平地で寒いとまで感じたことはなかった。
なお、水温は液体であればその温度は0度以上であり、冬季は気温より高く4度ほどである。そのため、この地方では川の水や水道水に手を突っ込むと体感している温度より暖かく感じることがあるが、それは一時のことである。
評点
★★ 恵庭一家の分裂ぶりが支離滅裂、気候も取材不足。
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