スーパーカブ

第5話「礼子の夏」

あらすじ
 小熊を自宅のログハウスに誘った礼子、夏休みに山小屋をバイト先に選んだ彼女は走路確認の寄り道を口実に富士登山に挑んでいた。何度も転倒して挫けそうになった彼女は登坂中のMD90でかつて小熊と交わした言葉を思い浮かべる。

Aパート:礼子のバイト、富士登山の動機
Bパート:登頂断念、呪いのカブの秘密

コメント

 世界遺産の富士山に登るという暴挙の上、無謀なライディングで計7回も転び、8回目でカブを壊して登頂断念した礼子だが、これまでの作風との違いからネットで大炎上した回でもある。そもそも走路確認とはシーズン中に朝4時に日が昇る富士山の御来光を眺めに登山客が大挙来訪することから、それまでに山小屋に物資を運び込むキャタピラ輸送車の経路の安全を確認する作業である。
 輸送車の走行する道をブル道といい、礼子が登攀した須走ルートも山頂まで伸び、一部は下山道として使われている。登山シーズンでこのルートでも一日千人以上の登山客が大挙して押しかけることを見れば、人の少ない時間帯とはいえ、彼女の挑戦が登山客を巻き込む、無謀で危険なものであることが分かるだろう。
 富士山に登頂するルートはこの須走のほか、吉田、富士宮があり、御殿場ルートが最も長く、最も登山客が少ない。ブル道は山小屋に物資を運ぶ用途上、全てのルートに整備されており、富士山頂郵便局の職員も輸送車で通勤している。ハイシーズンには4つのルートから一日一万人が山頂を目指す。
 この話も、実はある自動車評論家(国沢光宏)が学生時代の体験として雑誌に話した内容が元になっている。原作を読むと登頂までの時間や下山時間も雑誌と同じ、登坂可能な車種も同じ内容が書かれているので、信憑性のない与太話をロクに調べもせずに信じ込み、そのまま作品にしたという軽率さである。こういうツメの甘さは以前のレビューでも指摘したように、この作品に最初からあったものである。

小熊焼きとビジネスボックス
 5話で礼子のログハウスを訪ねた小熊はお好み焼きを作っているが、ビジネスボックスからネギを取り出す場面はネギの全長がボックスの高さを越えることから、まるでMr.マリックの超魔術のように見える。そもそもお好み焼きの材料はキャベツでネギを使ったものはお好み焼きとは呼ばない。大阪人や広島人が見たらひっくり返るような映像である。
 オートバイの積載は所有する者に取って常に頭の痛い問題であるが、ネギはその代表で、40リットル以上の大型のボックスでない限り、長さ60センチのネギは入らない。端を折るか、筆者がしていたようにスーパーのサービスカウンターに頼んで2つに切ってもらうしかない。スーパーの側も良くしたもので専用のカッターがある。後に大型のボックスを入手するまで、筆者はこの方法でネギを運んでいた。
 お好み焼きは関東ではもんじゃ焼きと混同され、お好み焼きともんじゃ焼きの区別ができない人も中にはいる。お好み焼きを含む粉物料理は関西では廉価でポピュラーな庶民の味方で、礼子が小躍りするような料理ではないが、関東では値段がだいぶ高く、ケーキなどと同じ買って帰る嗜好品になっている。

バイクの富士登山
 スーパーカブによる登頂は1963年の鍋田進氏のC100型によるものが最初とされるが、バイクによる富士登山自体はそれ以前も行われていたとされる。当時はブルドーザー道が整備されておらず、通常の登山道を用いての登山である。ブルドーザー道の整備は1964年の富士山レーダーの建設による。鍋田氏の2週間後に上野動物園園長の林寿郎氏がハンターカブとモンキーで登頂し、バイクによる富士登山が注目されるに至った。ハンターカブは輸出専用車で、バックアップにはホンダ本社のサポートがあった。
 バイクによる富士登山がブームとなったのは、レーダーが供用開始された1965年から、多発する山岳事故により規制が強化された1974年までのおよそ9年間だが、その後も登山客は年を追うごとに増え、現在ではバイクによる富士登山は法律的にも道義的にも許容されないものになっている。自然公園法の規定により、違反者には自然公園法第83条第3号で6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が課せられる。
 ただし例外はあり、通常の管理行為(ブル道の維持など)として行う場合は許可は不要(法第21条第8項第4号、規則第13条各号)だが、礼子がしたような方法はもちろん、それが取材を目的とするものであっても、バイクで入山を認められる可能性はほとんどないだろう(規則第11条第37項第3号)。
 なお、礼子が罹患した高山病とは、急激に高所に上がった時に身体が適応できないことによる体調不良である。過去のバイク登山のベテランは同時に山岳登山のベテランでもあり、登頂は山小屋での宿泊を含む日程で行われ、高度順化は十分に考慮されていた。0泊2日の弾丸登山は高山病患者が続出したことから、通常の富士登山でも当局含む関係者が止めるよう(STOP!弾丸登山)呼び掛けているものである。

2つの「スーパーカブ」
 礼子がパソコンを検索した時に見た「ハンターカブ(CT110)」は一見カブの派生型に見えるが、実は少し違う車である。スーパーカブは初代のC型と、その後継車で40年以上作られたCA型、そして現行のJA型の3つに大別されるが、JA型がCA型を手本にした発展型であることに対し、ハンターカブは初代のC型から派生した車である。
 スーパーカブのC型は軽量(55kg)でスポーティーだったが、消費者がこの車に求めたのは耐久性や経済性だった。後継車のCA型はその方向でモデルチェンジされ、現在のカブのイメージはこの車のものだが、馬力そのままに約20キロ重くなった車体は頑丈ではあったが速度や運動性は犠牲になった。現在でもカブに「速い車」というイメージはない。
 ハンターカブはこれより以前、C型がアメリカに輸出されていた時代に現地で派生した車である。その後のアップデートで重くなったが、CA型のような実用を考慮したことは生産終了までなく、改良で用いたのはC型を強化したCM型のフレームである。このカブこそが軽量スポーティーなC型の直系で、クロスカブの登場まで国は違えど異なるオリジンのカブが併売されていたことになるが、圧倒的に売れたのはCA型だった。
 現在はJA型を元にしたクロスカブ(JA45)がCT110の正式な後継車となっている。現行の「ハンターカブ(CT125)」はC型の2倍(120kg・装備重量)の重量のレジャーバイクで、初代カブの系譜はハンターカブを最後に絶えたことになる。

評点
★★★ テーマは問題あるが、ブル道を紹介したことは評価。



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