MUDDY WALKERS 

天地明察 

天地明察 2012年 日本 141分

監督滝田洋二郎
脚本加藤正人/滝田洋二郎
原作冲方丁「天地明察」

出演
岡田准一/宮崎あおい/佐藤隆太
市川猿之助/中井貴一/松本幸四郎
笹野高史/岸部一徳 ほか

スト−リ−

 江戸時代初期、安井算哲(岡田准一)は碁打ちとして徳川家に仕えながら、天文観測や算術を趣味として楽しんでいた。将軍の御前で打つ碁はあらかじめ決められた手を披露するというものだったが、ある日、碁友の本因坊道策(横山裕)とともに若き将軍家綱(染谷将太)に申し出て、真剣勝負の碁を披露する。そんな算哲の姿を見た会津藩主の保科正之(松本幸四郎)は、彼を「北極出地」という全国調査の一員に加える。そして建部昌明(笹野高史)、伊藤重孝(岸部一徳)らとともに、全国をめぐって北極星の高度をはかり、その土地の緯度を計測するという作業に取り組んだ。長旅を終えて帰ってきた算哲に、保科は次の大役を与えた。朝廷が定めた中国の暦はズレが大きくなり、暦としての用をなさなくなってきた。そこで幕府が日本独自の暦をつくり、改暦しようというのだ。北極出地からの帰りを待っていたえん(宮崎あおい)を妻とした算哲は、この一大プロジェクトに意欲的に取り組むが・・・。

レビュー

 江戸時代のはじめに幕府によって行われた改暦で、天文観測をもとに日本独自の暦をつくった実在の人物、安井算哲とその妻えんの夫婦愛を軸に、一大プロジェクトの行方を追った歴史エンターテインメント作品である。

 将軍の前で碁を打つ「碁方」なる役職があったことを始めて知ったが、御前での真剣勝負をきっかけに、日本全国北極星観測調査「北極出地」に出かけることになるのが前半のストーリー。もともとどんなストーリーなのか予備知識なく見たので、てっきり、これが話のメインかと思っていたが、実はこれがスタートで、算哲にはさらに大きな課題が与えられる。

 「北極出地」は北極星の高度を観測することで緯度を割り出すというもので、隊長の建部、副隊長の伊藤はともに、やはり算術や天文を生業とし、しかもそれが楽しくて仕方ない、という人物。徒歩での調査では、歩数を数えて距離を測り、観測結果が自分の計算で出した値と合っているかを競い合って楽しんでいる。そこへ算術大好きな算哲が加わり、みごとに観測結果と一致する値を出して一目置かれる。そうやって楽しむ江戸時代の理数系男子が微笑ましく、昔にもこういうことが行われていたんだ、とどんどん話に引き込まれていった。

 しかし本番はそこから、調査を終えて戻ってきた算哲を待っていたのは、幕府の命による「改暦」だった。当時は朝廷が中国から800年前に導入した宣明暦が年月を経て農耕等に支障が出るほどの誤差を出すようになり、朝廷から与えられた宣明暦を用いていた徳川幕府の威信をかけた改暦が急務となったのだ。そこで算哲は大掛かりな天文所を建設して天体観測を行い、宣明暦、大統暦、授時暦のどれがもっとも正しいか、を明らかにしようとする。

 そして、そうした算哲が心の師と仰いでいるのが関孝和。彼は神社で出されるすべての難問を正解することから、算哲は弟子入りしたいと願っていた。そして関を探して塾をたずね、そこで塾長の妹のえんと出会う。彼女に一目惚れしたらしい算哲と、調査旅行の帰りを待つえんとの成り行きが、学者中心の静かなストーリーに彩りを添えている。一方の関とは、算哲が関に出した問題によってつながっているという不思議な関係。その問題をめぐる展開が、のちの暦づくりの大きなカギを握っている。幕府の威信をかけたプロジェクトにより、モンゴル帝国の暦である授時暦がもっとも正しいとした算哲だが、「日食」の日を外すという結果によって間違いが明らかになる。この大きな挫折のあと、算哲を支えたのがえんと関なのだが、一方はそばにいる関係、もう一方は見えない関係、というところが面白い。

 タイトルの「明察」とは、数学の問題に正解したときに絵馬に書かれる言葉である。天体観測と数学によって導き出した暦の正解を示すのは、天の運行。「天地明察」とは、天地がその正しさを明らかにする、という意味である。算哲は最初は囲碁で、次に北極星調査で競い合い、暦づくりでは朝廷の権威に挑むのであるが、その暦が正解かどうかは、太陽と月の運行によって暦が示した通りに日食が起こるかどうか、で誰の目にも明らかとなる。逆に言えば、天の現象を正しくいい当てることができる者こそ、天下を治めるにふさわしいということである。二度の失敗は許されない。なぜ、日食の日をはずしてしまったのか。その後の研究で算哲は中国と日本の「緯度」の違いに気付く。そのため、鎖国体制の中で何とかして、禁書となっていた中国の天文学の書物を手に入れようとする。そのときのキーマンとなるのが、水戸光圀である。

「水戸黄門」でおなじみの水戸光圀とはうってかわって、本作の水戸光圀は屋敷に中国人を招き入れ、算哲にも中国料理をふるまうなど豪放磊落で時代の先をゆく人物として描かれている。そんな黄門様に気に入られた算哲は、意を決して、禁書の取り寄せを直談判する。授時暦を越え、日本独自の暦である大和暦を作るため、国策である鎖国という体制にさえ挑む算哲。そこに、暦づくりがなぜ国家の威信にかかわるものなのか、が示されているように思う。命がけのプロジェクトであったのは、正にそういう一面があったからだと知ることができる。

 主役の岡田准一は今でいうとオタクっぽくて世間擦れしていないという算哲を好演。彼をまじえて北極星調査をする隊長の笹野高史、副隊長の岸部一徳ははまり役で前半を盛り上げた。あと、中井貴一の水戸光圀は意外なキャスティングだったが、エキセントリックで鎖国体制をさえ越えてゆく器の大きさを感じさせる人物像を見事に演じ、はまり役と感じさせてくれた。

 全体的に、囲碁、算術、天文、暦とドラマになりにくいテーマを扱いながら、不思議なほど壁を感じさせず、すーっと話に入っていけたストーリーテリングもお見事。ただ、北極星調査の行程がいかにも適当な感じだったのが残念だったのと、もう少し、算術や天体観測の、「和の理数系」の学問的な部分をうまく見せてくれたら、なおよかった。 

評点 ★★★★

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