MUDDY WALKERS 

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲 

オトナ帝国の逆襲 2001年 日本 95分

監督原恵一
脚本原恵一

出演
矢島晶子/ならはしみき/藤原啓治
こおろぎさとみ/津嘉山正種

スト−リ−

 野原一家の暮らす春日部に「20世紀博覧会」なるテーマパークがオープン。1970年代に少年時代を過ごしたしんのすけの父ひろしと母みさえは、このテーマパークに夢中になる。このテーマパークを運営している秘密組織イエスタデイワンスモアのケンとチャコは、ノスタルジックな町並みや遊びに夢中になる大人たちに目を細めていた。ある日、彼らは作戦を開始する。春日部の大人たちを全員拉致して、20世紀博の中に封じこめてしまうのだ。大人たちはすっかり童心に帰って、子供たちのことを忘れ、邪魔者扱いに。ケンとチャコは、日本全体から21世紀の未来を奪い、20世紀に戻すことを企んでいたのだ。しんのすけと仲間たちは、大人たちを取り戻すため、そして21世紀の未来を取り戻すために戦い始める…。

レビュー

 映画は万博の会場を周遊するみさえ、しんのすけとひまわりの3人の前に、怪獣が。ひろしがウルトラマン風に現れて怪獣退治、という奇妙なシチュエーションから始まる。そこから家族の会話だけで「20世紀博」を観客に分からせる脚本が実にうまい。高度成長期の昭和のノスタルジーを描いた、と評価されているけれど、この作品がユニークなのは、単にノスタルジックな世界を描写したからではなく、昔を懐かしむ心情のウラに潜む、現在に対する失望をも余さず描ききっていることだ。TVでクレヨンしんちゃんを見ている年齢層でなく、むしろその親の世代にフォーカスを当てた脚本で、日本の映画史に残る名作となった。

 面白いのは、「20世紀博」の陰謀で大人たちが童心に帰ったとき春日部には大人がいなくなり、逆にノスタルジーに浸れる「20世紀博」の内部には、子供の姿がないことだ。よく“20世紀は戦争の世紀”といわれるが、今にして振り返ってみれば、戦後に日本で起こったのは“家族の崩壊”ではなかったか。ケンとチャコの陰謀によって大人と子供が引き離された現象はそれを象徴しているが、それはまさに1960〜70年代の高度経済成長期の端を発した出来事であった。子供さながらにスナック菓子をむさぼって遊びまくるひろしとみさえの姿は、育児放棄をする今の親の姿そのままで、ある種の恐怖さえ感じた。万博や四畳半一間のアパートや、メンコ遊びなど郷愁をそそる風景が数多く登場するが、それらを知らない子供たちが、親と同じ思いでこの映画を楽しむことは、出来ないであろう。映画の中で描かれた親子の断絶と同じことが、観客の間にも起こるであろうことは、きっと制作側にも予測できたはずだ。それでも、この脚本を最後まで描ききったところに、制作者の魂を感じる。

 秘密組織イエスタデイワンスモアの罠にはまって、しんのすけと敵対していたひろしが我に返るシーンは、涙なしには見られない。親の立場にある人は、そこでふと自分も我に返って、自分がひろしと同じような経験を積んできたように、自分の子にもしてやりたいと思ったのではないだろうか。PTAの「子供に見せたくない番組」で毎年1位にランキングされることで有名な『クレヨンしんちゃん』で、これをやるところがすごい。子供アニメの『クレヨンしんちゃん』を題材にして、あえて対象の子供をばっさり切り捨ててまで描こうとした原恵一監督のメッセージを、大人の一人としてしっかりと受け止めたいものだ。

評点 ★★★★★

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