MUDDY WALKERS 

英国王のスピーチ The King's Speech

英国王のスピーチ 2006年 日本 117分

監督トム・フーバー
脚本デヴィッド・サイドラー

出演
コリン・ファース
ジェフリー・ラッシュ
ヘレナ・ボナム=カーター
ガイ・ピアース
ティモシー・スポール
デレク・ジャコビ
イヴ・ベスト

スト−リ−

   吃音症のため演説ができないヨーク公アルバート(コリン・ファース)は大英帝国博覧会の閉会式で父のジョージ5世の代理として演説するが、しどろもどろになってしまい、自身も観客も多いに落胆する。妻エリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)はそんな夫の吃音をなんとかしたいと、言語療法士のライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)のオフィスを訪れる。ローグはエリザベルの依頼を引き受けるが、それには条件があった。ヨーク公自身がオフィスに来ること、そして治療者と療法士は対等な立場であることを受け入れること。しぶしぶ、ヨーク公はローグのオフィスを訪問するが、彼のタメ口の態度にキレてしまう。しかし、彼自身に危機が迫っていた。王位継承権を持つ兄のエドワード(ガイ・ピアーズ)がアメリカ人の人妻、シンプソン夫人(イヴ・ベスト)と人ならぬ恋に落ち、彼女の離婚が成立したら結婚する、と言い出したのだ。チャーチル(ティモシー・スポール)に、あなたの方が王にふさわしいといわれ、動揺するヨーク公。王になったら、演説しなければならない! 折しも第二次世界大戦前夜、ヨーロッパではヒトラーが旋風を巻き起こしていた…。

レビュー

 吃音症のイギリスの王様が、障害を克服して演説に挑戦する。そういう話だとは聞いていたし、2011年にアカデミー賞作品賞を受賞したことも知っていたが、果たして「それだけの話」の映画って一体?というのが鑑賞前の正直な気持ちだった。そんな、もやっとした気持ちを吹き飛ばすような、ユニークで、人間味にあふれ、そして歴史のドラマを感じさせる良作だった。

 ジョージ5世の次男、ヨーク公アルバート(愛称バーティ)は吃音症で内気な性格の王子。父王の代理で行った大英帝国博覧会閉会式の演説もうまくいかず落ち込んでいたが、王位は長男のエドワードが継承することになっていたから、そうなれば演説の機会もそうはないだろう、と思っていた。ところが、ここに歴史背景の面白さがある。まず一つ目。王位継承権を持つこのエドワードという兄、実はあの有名なシンプソン夫人と恋に落ちて、結果的に王位を弟に譲ってしまうことになるのだ。そして二つ目。ヨーロッパ大陸では、このアルバートとは対照的な演説の名手、アドルフ・ヒトラーが台頭し、もはや戦争は避けられない状況になりつつあった。地味な王子が、破天荒な治療をするオーストラリア人、ローグの治療を受けるか受けないか、逡巡する一方で、そのような時代背景がはっきりしてくるにつれて、ぐいぐいと物語に引き込まれていく。

 物語の一つの山場は、ヨーク公アルバートが吃音になった背景を探る、ローグとの対話だ。生まれつきではない、何らかの心的外傷があって吃音になったのだ、と考えるローグは、アルバートが幼少期に父であるジョージ5世、また世話をする女官から受けた虐待について、彼が話せるようにして、その心の痛みに耳を傾ける。そこから、王家に生まれた者の置かれた、豊かでありながら恵まれたとはいえない生育環境、ひいては王族であることの孤独に私たちが目を留めることができるよう、導かれていく。そして、ローグや、またチャーチルが彼を励ましたように、内気で弱々しく見える彼こそが、王にふさわしいリーダーシップを備えている、という思いの背景を描き出していく。彼の弱さにこそ、彼の強さがある、ということだろうか。そのような内面を、言語療法士ローグとの対話によって描きだしたところに、この映画の面白さがあると思った。

 歴史的エピソードとしては、兄であるエドワード8世が王冠よりも恋を取った話の方が、ある意味ドラマチックで映画的だが、そこではなく、地味で内気で吃音に悩みながら、奔放な兄の後を継いで嫌々ながら英国王となり、自らの吃音と闘いながら、ナチス・ドイツとの戦争を戦う英国国民を励まし、奮い立たせ続けたジョージ6世。一人の人の内面から歴史を描く、という意味で、地味ながら思いがけないスケールを持った、深い作品となった。

評点 ★★★★★

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