MUDDY WALKERS 

ヒトラー〜最期の12日間〜 Der Untergang

ヒトラー 2005年 ドイツ 155分

監督オリバー・ヒルシュビーゲル
脚本ベルント・アイヒンガー

出演
ブルーノ・ガンツ
アレクサンドラ・マリア・ララ
トーマス・クレッチマン
ユリアーネ・ケーラー
ハイノ・フィルヒ

スト−リ−

 第二次世界大戦末期、ドイツ「第三帝国」の首都ベルリンにはソ連軍が迫っていた。ヒトラーが56歳の誕生日を迎えた日、ベルリンはソ連軍の空爆を受ける。省庁はベルリンからの撤収を開始し、将軍たちはヒトラーにベルリンから脱出するよう勧めるが、彼は受け入れず、地下要塞に潜って指揮を執りつづけようとした。「シュタイナー師団が来て、ソ連軍を蹴散らしてくれる!」と将軍たちに豪語するヒトラー。しかしシュタイナー師団は損耗が激しく、すでに攻撃能力を失っていた。やがてソ連軍はベルリンに侵入し、廃墟と化したベルリンに、ソ連軍の砲弾が炸裂する。疑心暗鬼になったヒトラーは、ゲーリング、ヒムラーといった寵臣に次々と処刑命令を下すのだった…。

レビュー

 第二次世界大戦の、ドイツ「第三帝国」と連合軍との戦いは、1945年5月7日に最後の時を迎えた。この映画では、首都ベルリンにソ連軍が侵入し、陥落目前となった最後の12日間を、ヒトラーの秘書だった女性の目を通して描いている。ドイツ映画界が始めて作ったというヒトラーの映画ということで、ドイツ国内では大変な話題になったという。ドイツ人が改めて自らの歴史を見つめ直したという意味で、記念碑的な作品といえるだろう。

 作品では、ベルリン陥落までの、ヒトラー最期の12日間の、地下要塞の人間模様が驚くほど淡々と描かれている。暗い映画なのだが、見ているときは怖さを感じなかった。むしろ、「あれ?ヒトラーって結構魅力的かも?」と思ったりする。実はそれがこの映画の怖いところだ。ヒトラーはこれまで映画の中では狂信的な異常者として描かれてきたが、必ずしもそれは真実ではない。ヒトラーの本当に恐ろしいところは、彼もまた人間であって、あんなしょぼくれた容貌でありながら多くの人を惹き付けるだけの魅力を持っていたということだ。最期の12日間ではすでにその神通力が通じなくなって、まわりの将軍たちとの齟齬が生まれている。地図上にしか存在しない軍団でソ連軍殲滅作戦を立てるヒトラーに「我が軍にまだそんな軍勢が残っていたとは知りませんでした」と皮肉を言う将軍。将校たちはパーティで踊り狂い、酒ばかり飲んで酔っぱらっている。滅亡前夜の退廃が、地下要塞にもおしよせている。ヒトラーが築いた体制が、ヒトラーの身近では崩れていく一方で、地下要塞の外の少年兵や憲兵たちの間では、首都がボロボロになってもいまだにヒトラーに対する幻想がつづいている。そんな奇妙な有様が、とても興味深かった。

 戦争による国家の滅亡を同じ時期に体験した日本人としては、「最後の一人になるまで戦う」という少年少女兵の姿など、よく似た状況に心が痛んで同情を禁じ得ないところもあった。敵の手にインフラを渡すことのないよう、国土を破壊しつくすよう命じるヒトラーは「戦争に負ける国民など、救う価値がない」と言い放つ。日本においても、軍隊は国民ではなく国体という見えざるものを守るために、国民を見捨てた。ヒトラーを見捨てまいとする若い女性秘書は「なぜそうしたのか、分からない」と語っているが、それはここまで信じてついてきたヒトラーから見捨てられたくないと思う気持ちの裏返しだったのではないか。

 ヒトラーを演じたのはブルーノ・ガンツ。写真で見るヒトラーに驚くほどよく似ている。実際にヒトラーがどんな人だったかは分からないが、穏やかに話しているかと思うととつぜん激怒してどなりまくるキレっぷりが見事。その他大勢の人が登場するので一回見ただけでは誰が誰だか混乱するが、それぞれにキャラが立っているので実に見応えがある。情緒に流されず、冷静に淡々と歴史を描ききった秀作。

評点 ★★★★★


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