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四十七人の刺客

四十七人の刺客1994年 日本 127分

監督市川崑
脚本池上金男/竹山洋/市川崑
原作池宮彰一郎「四十七人の刺客」

出演
高倉健/中井貴一/宮沢りえ/宇崎竜童
小林稔侍/岩城滉一/山本學/神山繁
岩倉三郎/尾上菊之助/尾藤イサオ/今井雅之
井川比佐志/板東英二/黒木瞳/清水美砂
浅丘ルリ子/森繁久彌/石坂浩二

スト−リ−

 江戸・元禄時代。赤穂藩は藩主、浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に斬りつけるという刃傷事件を起こし、取り潰しとなる。浪人となった300人の藩士の生活を支えるため、家老の大石内蔵助(高倉健)は備蓄していた塩を換金し、城中の金銀とともに藩士に配るなどし、失業対策に奔走する。しかし、その真の目的は、浅野内匠頭が討ち損じた吉良上野介を殺害することにあった。吉良邸への討ち入りを計画する彼らは、それを正当化するため、吉良上野介が賄賂を受け取っており、賄賂を渡さなかった浅野内匠頭を嘲笑したなどのウワサを江戸城下に流す。対する吉良家では、家老の色部又四郎(中井貴一)が赤穂浪士の動きを察知し、討ち入り対策に奔走するが…。

レビュー

 「忠臣蔵」といえば、“松の廊下”と“義理人情”があってこそ、の物語であるが、そうした要素を廃してリアル視点で描かれる「忠臣蔵」である。吉良上野介は悪人ではなかったし、なぜ浅野が刃傷沙汰を起こしたのかは分からないし、大石内蔵助と赤穂浪士は復讐に燃える暗殺者である。こういう、ハードボイルドな解釈は、個人的には好きである。大石内蔵助が赤穂浪士たちに向かって「お主たちの命、使い捨てる」と言い捨て非情な感じも、悪くない。だけど、出来上がった映画はそんな「志」を貫き通せず、ブレブレになってしまった感があった。

 「江戸城」とテロップが出て、姫路城が大映しになる。「赤穂城」のテロップで、映し出されるのは彦根城である。ある意味、日本の時代劇の「お約束」だ。だが、調べてみると、元禄赤穂事件の起こった元禄時代には、すでに江戸城の天守閣は焼失しており、赤穂城にいたっては、最初から天守閣は築かれなかった。だからちっともリアルではないのだ。しかし、「忠臣蔵」にお約束の“松の廊下”や“義理人情”を大胆に切り捨てるなら、こうしたお約束の絵づくりも、廃するべきではなかったのだろうか。

 もちろん、「忠臣蔵」ではお約束の、山科で芸者遊びに明け暮れる大石内蔵助、というエピソードもなかった。しかしあちこちに愛人がいるというエピソードは生きていて、それをストイックな健さんがやるもんだから、どうも違和感が否めない。相手役のおかるは、アイドル時代の宮沢りえが演じているが、どう見ても親子にしか見えなくて戸惑ってしまった。

 そもそも「忠臣蔵」という物語自体が、実際に起こった元禄赤穂事件をもとに「脳内イメージ」を膨らませて、心揺さぶるエピソードをちりばめた上に成立しているもの。その「脳内イメージ」を、あるところでは都合良く削ぎ落とし、あるところはそのまま使うという中途半端な姿勢が、全体をもっさりとさせてしまった。

 それが如実にあわられるのが、クライマックスの討ち入りシーンである。ハードボイルドに疾走してきたなら、ここが一番殺伐として、鬱屈した復讐心が一気に解放されて爆発的な盛り上がりを見せる場面であるはずなのだが、討ち入りとともに突如作風が激変して、コントのようになってしまう。吉良の家老、色部が「要塞化した」という吉良邸が、どう見ても「風雲!たけし城」にしか見えないのだ。開けると壁が立ちはだかる襖、迷路のように意味なく張り巡らされた塀、塀を乗り越えるとその下に水たまり…。そこで右往左往する赤穂浪士の姿は、ただただ滑稽で、見ていられなくなる。

 史実では、討ち入った四十七人は全員死なずにいたということだから、要塞化したといっても赤穂浪士が「死なない」程度にしておかないといけない。そんな配慮が働いたのかどうかは分からないが、見終わったあとで「どこで、どう間違ってこなってしまったのか」と思わずにはいられなかった。

 大石内蔵助を高倉健が演じる、というのは意外なキャスティング。正直、ハードボイルドな作風だからこその高倉健なのだろうが、初登場シーンが入浴シーンで、黒木瞳を抱き寄せたりと、最初からイメージがちぐはぐして困ってしまった。中井貴一演じる吉良家家老の色部は、歌舞伎役者のようなぶっ飛んだ演技が際立って、豪華キャストがそろう中でもひときわの存在感。その他実はすごい豪華キャストなのだが、一人ひとりが役と風景にとけ込んでいるのは、巨匠・市川崑の実力か。でもこの方の作風なら、“松の廊下”と“義理人情”のオーソドックスな「忠臣蔵」の方が、合っていたかもしれない。

評点 ★★★

関連作品:最後の忠臣蔵

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