■第35話「美しき謎の女」
あらすじ
防衛隊の長官切田がクーデターの濡れ衣を着せられ、死刑判決を受けた切田は首相秘書の波野静香の手引きで脱走する。切田は波野の保護をハーロックに依頼するが、全てはマゾーンによるアルカディア号撃破をもくろむ陰謀だった。
Aパート:陥れられた切田、切田の逃亡
Bパート:逃避行、波野静香の乗艦
コメント
波野の持参した8ミリフィルムで首相はようやく侵略者の存在を知るが、ドッグレースの時間が近づいており、公用車を爆破されたことでようやく事態の深刻さに気づく、が、彼が怒りを向けた対象はマゾーンではなく切田長官だった。
裁判の場面はメチャクチャに見えるが、実は案外まともである。罪状が濡れ衣であることを除けば「宇宙人」の存在は認定しているし、罪の内容からして判決も当然、上訴できないことだけが問題だが、対審は公開され、彼ほどの高官の扱いとしては順当な処遇である。後の射殺命令も、すでに死刑判決が出ていることから、訓示規定と解すれば射殺するか否かの判断は現場の警察官に委ねられる。つまり全て合法で、切田に起こったことは現代日本でも誰にでも起きうることである。
気になるのは、この期に及んでも切田には首相に対してある種の信頼があることである。作品ではこの地球首相は毎日享楽に溺れ、無責任な為政者の代表のように描かれているが、少なくとも切田の目からはまともな側面もあるようであり、「話せば分かる」と信じる彼の理由は作品ではついに説明されることはなかったが、ドラマをより重厚なものにできる素地を持っている。実際の政治では明らかな愚鈍や愚劣が問題を引き起こすことはごく少なく、ごく平凡な人間のごく平凡な判断の間違いの積み重ねが問題を引き起こすことを見れば、リメイクするならここはもっと厚くすべき部分だろう。
ちなみに、番組が放映されていた当時の首相は大平正芳、一橋大学で牧野英一の薫陶を受けた元大蔵官僚で、苦学して大学を卒業した苦労人である。政界きっての読書家として知られ、当時の高級車のCMでも足しげく丸善に通う大平の姿が映されている。首相時代は質疑で良く口ごもり、「アーウーおじさん」の名で知られるが、それは大平が能弁ではなく発言に慎重だったためで、実像は愚鈍さとは程遠い哲人宰相である。首相のモデルが大平や角栄だとすれば、今から見れば彼らは「かなりまとも」な政治家だが、これは松本零士の見方が少し歪んでいて、彼らについては少々茶化しすぎと見られなくもない。
評点
★★★★ 波野静香編はどれも見応えがある。
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