キャプテンハーロック

第32話「星笛が呼ぶ」

あらすじ
 マゾーンのダイネスは風の星に仕掛けた地雷爆弾で着艦したアルカディア号を爆破しようと目論む。一方で太陽系に侵入したマゾーン先遣部隊は航路を荒らし回る。乗組員に動揺が広がる中、ハーロックは乗組員に演説し、風の星に向かう。

Aパート:マゾーン襲撃、自由のシンボル
Bパート:ダイネスの作戦、連れ去られたまゆ

コメント

 アルカディア号をユリシーズ星雲に釘付けにしたことで女王ラフレシアは先遣隊に地球攻撃を命じる。無人の野を往くがごとく地球の輸送船や基地を次々と撃破する先遣隊だが、マゾーン本部の懸念はハーロックが地球防衛のためにまゆ探索を放棄することだった。が、女王ラフレシアはそれはないと参謀たちを一蹴する。
 乗組員を前にした演説で、ハーロックはまゆは自由のシンボルと言い、救出は個人的感情によらないことを説明したが、簡単に扇動された台場などはともかく、それで説得になるかと考えるとちょっと弱い感じがする。この場合はハーロックがどんな内容を語ったかではなく、誰に語ったのかの方がずっと重要だろう。先にも書いた通り、アルカディア号の乗員の4割は惑星ヘビーメルダー出身で、ヘビーメルダー時代のハーロック、トチロー、エメラーダと面識のある面子である。
 おそらくアルカディア号の独特の生活様式や集団統御のあり方はハーロックではなくトチローが作ったものである。つまりハーロックはトチローの一番弟子で乗組員の頂点にあるが、乗員が信奉しているのは死んだトチローであり、彼の授けた教義である。
 義勇兵でも革命家でもない彼らのような集団をサンガ(sanga)と呼ぶ。サンガはサンスクリット語では古代インドの古い部族国家や人の集まりを指す。部族国家のサンガは各々の法と通貨を持ち、集会で方針を決定することが特徴で、専制君主の王国はこれに含まない。英語では共和制(republic)と訳される。仏教ではサンガは出家者集団を指す。
 釈尊が創始した原始仏教のサンガの特徴は、多くがアルカディア号の乗員に当てはまる。彼らは戦闘指揮はハーロックに従うが、それ以外は自由で、道徳的退廃がないことは戒律の存在を推認させるが、明らかな処罰は追放以外ない。乗員は対等で上位者からの命令や任務という概念はなく、個人は自律が求められる。
 このような集団であれば、マゾーンの地球襲撃の報を受けたハーロック以下乗員がまゆ捜索を続行した理由が理解できる。アルカディア号は彼らのサンガであり、人格完成の場であると同時に、創始者はまゆの父トチローである。「まゆは自由のシンボル」というハーロックの言葉は、この集団に参画した者なら誰もが実感を持って受け止められる言葉だったのである。
 根本的な思想の違いは後の作風にも影響を及ぼしている。小乗仏教のサンガの概念は後の制作者には難解、あるいは理解不能なものであった。ハーロック物は後年も何作か作られたが、本作で松本が挿入した概念は継承されず、サンガの思想や集団としての彼らについてはあまり触れないか、いっそ描かないという扱いがなされている。

評点
★★★★ 彼らがなぜそうしたか、見方によって味わい深い話。



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