MUDDY WALKERS 

An another tale of Z

 ATZ第三部連載を終えて 小林昭人さんインタビュー

過去の積み重ねの上に、現在の人物の行動がある。
それは過去の作品を尊重しているからこそ書けるもの。

4.過去、前史と現在進行の物語との関係

■カオル 第三部は、現在と過去が交錯するパートとなっているというお話がありましたが、ここで過去にスポットを当てようと考えられたのはなぜですか?

■小林 (1)で説明しましたが、やっぱり現在の人物の行動というのは過去の積み重ねから来ていると思います。それと特に一年戦争の場面などは、これはテレビのアムロの視点でしか説明されていませんから、この作品に出てくるあの人物があの時どうしていたというのは、やはり作品世界の奥行きを増しますし、興味深いことだと思います。ATZは過去の作品を無視した作品ではないのですよ。過去からの連続性は例えばZガンダムとかガンダムAGE、UCなどよりよほど強いものがあると思いますし、彼らよりも尊重していると思います。

■カオル ソロモン要塞に掲げられたララァ・スンの肖像画のエピソードが非常に印象深かったのですが、例えばZガンダムなどでは、彼女の存在はシャアとアムロの間にあるトラウマとしてしか描かれてきませんでした。キャラクター個人の中にしか、過去の連続性が留められていないわけです。それが、一つの時代、一つの戦いに関わった多くの人の心に刻まれた記憶があり、それを乗り越えるプロセスがあったのだと感じるエピソードの一つとして、とても心に残っています。

■小林 あれだけの大戦争なんですから、記憶にとどめているのが主人公だけなんてありえないんですよね。社会経済的にも大きな変動だろうと思いますし、それはいろいろな人間の運命を変えたと思います。そういうのを描くのが戦争ドラマの続編だろうと思います。描いて当然のものを描いただけで、むしろこういった場面をほとんど描かない後のシリーズの方が私は不思議に思いますね。

■カオル この場面は改訂前からあった場面ですが、今回の改訂によって、さらに過去からの連続性が強められたところはありますか?

■小林 37話「軍神二人」は第三部の中でもやや異色の話ですが、実は良く見るとキャサリン・マクニールはいくつかの軍隊を経ていることが分かります。戦前のサイド5警備隊、パトロール艦に乗っていたという記述ですね。それからジオン軍によって創設されたルウム防衛隊、冒頭の戦艦トーメンターがその所属です。そしてヘルシングを捕らえた時にはオルドリン警備隊の船に乗っていて、それからコロニー同盟軍を経て、ラスト付近の退役するトーメンターではソロモン共和国の軍人として出てくるわけです。ひい、ふう、みいと五つの軍隊に籍を置いていたわけで、それが37話を通して書かれています。これはまさに過去からの連続そのものですね。彼女を通したサイド5の戦後史がそこにあるわけです。

■カオル 第三部に登場するキーパーソンの一人、ヒューゴー・ヴァリアーズも、過去の戦争の記憶を背負っている人物の一人ですね。彼は軍人であったことはなく、一貫してビジネスに携わっている人物ですが、このような人物を通して見た過去の記憶もまた、非常に印象に残るものでした。また現在と比べて過去の方が良かった、と回帰しようとする「ジオン正常化同盟」の面々なども登場しますが、一方で主人公のマシュマーやマーロウ、あるいはリーデル首相といった人物は、当然彼らも戦争の記憶を背負いつつも、引きずっていない。むしろ過去とは訣別しているような印象があります。目立った出番は多くはありませんが、前作の主人公だったアムロやシャアも、本作では過去を引きずらない人物の方とみることができますね。
 このように、現在の人物の行動を、過去の積み重ねの上に描くといっても、その描き方は様々です。過去を引きずる人、引きずらない人を描いてきた小林さんから見て、過去の何が現在の行動に影響して、このような違いを生んでいると考えておられますか。

■小林 ATZの「ジオン正常化同盟」というのは第二部から三部までハマーンに祟る勢力ですが、これのモデルはアメリカのKKK団なんですよね。KKK団というのは、戦争に負けた南部連合軍の元軍人が中心となって作ったカルト団体で、ATZでも「正常化〜」の方々は頭巾を被ったり、「大〜」なんて偽名で会合したりしてますが、これはKKK団です。本物はフォレストという将軍が中心なんですが、彼は「大魔王」と呼ばれていましたね。正常化同盟も首領は「大首領」と言います。かなり意識したんですよ。
 実は執筆の途中で「日本版KKK団」の存在が記事になりまして、辻政信と服部卓四郎が中心人物でした。ナチスのあったドイツにはあるかなと思いますが、いろいろ漏れ聞く所を聞くに、あると思います。だからこういう地下結社はそんなに珍しい存在じゃないんですよ。

■カオル なるほど、KKK団がモチーフだったのですね。いかにも、という感じですが、これが南北戦争に敗れた南部の元軍人が作った組織だとは知りませんでした。彼らも、過去を引きずっていたんですね。

■小林 改訂版で加わったヴァリアーズも「経済人版KKK」みたいな人物です。で、こういう人たちの動機って考えると、やっぱり、「努力しても報われなかった」的なものがあると思います。KKKのフォレストは開戦前から南部のエスタブリッシュメントの一人でした。それに南軍の指導者は当初から「戦争の前も将軍」みたいな社会的地位の高い人が大勢いましたね。相方の北軍の将軍というのは開戦前は尉官級がほぼ全員ですから、南部の指導層の方が軍民問わず開戦の理由とか、奴隷問題とかにはコミットしています。負けた側なんですが、戦争の勃発から終戦まで責任を持っていた人が多いんですよね。その点で戦争以外はあまり関わらなかった北軍の将軍とは違う。
 日本の場合も挙げられた辻とか服部というのは大本営陸軍部の参謀で、支那事変のあたりから戦争指導に関わった人物です。彼とチェスター・ニミッツ(アメリカの太平洋艦隊司令)と比べれば、たぶんパールハーバーまでは服部や辻の方がニミッツよりも重責を担っていたんじゃないでしょうか。そして大戦争をやって負けると、原因から関わっていますから、その落胆はアメリカ軍のレンタル指揮官のニミッツやアイゼンハワーよりずっと大きいんです。この二人は日独関係にはほとんど影響力がなかった。この辺は外せないなあとは感じていましたね。

■カオル 46話で、かつてオルドリン大学の同窓生だったハウスとヴァリアーズが対面する場面がありますが、ここでヴァリアーズもまたエスタブリッシュメントの一人であったことが語られていますね。

■小林 正常化同盟の将軍もヴァリアーズも過去では主人公たちよりも重責を負っていた人物です。正常化の方は敗戦で、ヴァリアーズは戦後の企業解体で放逐されるわけですが、一生懸命尽くしてきたのにその国民に否定されるという経験は、やっぱ重いものがあると思います。だから彼らは主人公たちの陣営には加わらないし、加われないんですよ。そういうものとして流れを作っていきましたね。彼らの価値観は復古的という書き方ですが、彼らに言わせれば主人公たちの価値観の方が「まがいもの」なんです。復古的な時代には、彼らは全員「勝ち組」の人たちだったんですから。だから自由だのヒューマンライツだの寛容だの調和だのと言っても、そんな言葉は彼らの心を打たないわけです。今ある現実はすべて虚像にすぎないという見方です。

■カオル そのようなことは、現実としてもある話ですね。

■小林 我々でも分かりやすい事例としては、旧国鉄の話がありますね、今の基準から見ても血も凍るようなリストラを中曽根政権がやったんですが、国鉄からJRに移る際に何万人も放り出された、彼らは今でもデモをしたりして時の為政者に抗議してますね。すでに時代は変わっているし、国鉄みたいなものを今復活させることは誰も望んでいませんが、それでも、彼らの目に映っているのは日本の鉄道政策がどうあるべきかじゃなくて、「過去に不当なことをされた、許せない」という感情でしょうね。今の日本の原子力政策も、例えば解体するという話になったらこういう人は大勢出ますし、中にはテロリストに原爆作ってやる科学者も出るでしょう。原爆が良いか悪いかじゃなくて、良心的で高潔な人間でも、不当なことをされたらそのくらいのことはやるんです。国鉄は今でもいますから、上野公園なんかに見に行って聞いてみるのが良いと思いますね。  こういうものは、ある程度は鎮圧しながら進まなきゃいけません、変わらない組織なんかありえないし、既得権が既得権のままということもありえません。しかし、いわゆる「負けた側」の価値観を「勝った側」の価値観で評定することは注意すべきだし、それはちょっと平穏な方向には行かないんじゃないかなと私は思いますね。おだめごかしは効かないし、利益誘導もたぶんムダでしょう、彼ら自身に「変わった」と自覚させる以外手はありませんが、それはやっぱり自分らの方も反省して、フェアネスを通して粘り強く説得する以外ないとも思えますね。

■カオル 作品についても同様に、過去を引きずる側の人々を描くことで、過去からの連続性の中で起こった価値観の転換が明らかにされ、さらに、それを現在の価値観で評定するのではなく、フェアな視点で描いて読者の判断に委ねるというのは小林さんの姿勢なのですね。誰が「勝ち組」で誰が「負け組」なのか、そのどちらが正しかったのかということよりも、価値観の転換した後にそれぞれが何を選び取ってゆくのかで、本当の評価というのがはっきりしてくるのかもしれません。そのところについては、多くが読み手の感性に委ねられているということですね。

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