ポスト冷戦の潮流の中にあって、
「冷戦時代のロボットアニメ」の構造を壊すためには
複数国家の設定が必須だった。
本作で描かれている世界の情勢にも、新しい視座が加えられていますね。例えば主人公のマシュマー・セロが属する「自由コロニー同盟」は、新たに設定された国家勢力ですが、このようなオリジナル設定を持ってきた理由は?
■小林 「Zガンダム」がテレビ放映された1985年当時といえばソビエト連邦が崩壊寸前で、ポスト冷戦時代の世界像が模索されていた時期ですが、実は同様の模索は現在も続いています。「新世界秩序」しかり、「グローバル経済」しかり、中国とNIESは力を付けましたが、基本的な構図は当時も今も大きく変わっていません。長い歴史で見れば、むしろ米ソ冷戦のような時代が異常だった。
しかし、日本アニメの世界観はというと、基本的には冷戦時代の対立構図から生まれたものなんです。例えば鉄人28号みたいな発想のロボットアニメは日本でなければできなかったと思うのですが、「Zガンダム」の時代以降、この対立構造に続くものが必要とされてきたということがあります。
ただ、それに対して誰も、明確な回答を出していない。「新世紀エヴァンゲリオン」がその回答になると言われるかも知れません。しかし、この作品の人気が日本はともかく海外では一過性のものとして終わったのも、本質的な部分においては「冷戦時代のロボットアニメ」を超えられなかったことがあると思います。その意味で、こと世界観という点では模範解答とはとても言えないんですね。
そういうわけで、「冷戦時代のロボットアニメ」の構造を壊すために、第三国、あるいは複数国家の設定が必須だと私は考えていました。
マシュマー自身もまた、地球連邦出身でありながら連邦とも、またジオンとも違った価値観を持つ人物として描かれていますね。
■小林 元々のキャラクターにそういった部分がありました。そもそも彼は居場所を探している人物ですね。生まれた国の地球連邦では彼はパイロットとしても、実業家の息子のエリートとしても中途半端な存在です。連邦では彼よりも優れた才質を持つ人物がいて、彼がいなくても物事は滞りなく進んでしまう。彼はパイロットという点ではアムロなんかに比べれば撃墜されたりしてもいますから一流ではあっても超一流じゃないと思いますし、軍人としての適性ではサディアス・コープに、学歴という点ではマーロウに、そして彼の父親が期待していた実業家という点では姉のマクダレナに劣る人物です。だから、彼がそういう天敵のいない、できたばかりのコロニー同盟の軍人として頭角を現すというのは、実は彼の居場所探しの一部なわけです。
そうなってしまった理由には彼自身の選択や性格もありますし、周囲の事情というものもあります。いずれにせよ、彼はコロニー同盟では認められて第一話から提督として登場するのですが、そういう登場の仕方ができるということは、コロニー同盟は外国人でも既存のキャリア・システムと対立することなく任用できる制度を持っているということです。おそらく、こういうシステムは連邦にはないし、実は現在の日本にもありません。これは判例がキッパリ否定してしまっています。在日韓国人の方の管理職登用試験を東京都が受験拒否した事案がありましたが、判旨はその能力のある外国人を登用試験から締め出すことを「合理的」と言って恥じることがない。
だから、そういったシステムではまず確実に弾かれてしまう彼のような人物が連邦とは異なる価値観を持ち、彼を認めてくれるコロニー同盟を支持することは、作者とすれば当然なんです。
一方、ジオン公国が国家として存続していることも「Zガンダム」と大きく異なる点ですが、ここにはどんな意図があるのでしょうか。
■小林 少なくともファーストガンダムの終わり方を見ると、あの後地球連邦が宇宙を統一してという「Zガンダム」で描かれたような世界はイメージしにくいんですね。ラストの時点でガンダムは破壊され、ホワイトベースは沈み、地球連邦軍も司令官をはじめとして半数が撃破されているわけでしょう。その割にジオンはザビ家が滅んだくらいで割と健在です。ジオンの戦争は一応独立戦争だったわけですから、一年戦争後の世界というのは、全地球圏的にあった連邦への不満を一応汲んで、ジオンも含めて多数の宇宙国家が独立して存続しているという方が「らしい」と思えました。
現に第二次世界大戦後の世界はそんな感じですね。ナチス・ドイツは滅びましたがドイツは健在ですし、戦勝国であるはずの連合国はインドをはじめとするほとんどの植民地を失ったのですから。「Zガンダム」では地球連邦の政体も一部描かれましたが、コロニー住民に公民権がないなど、設定にかなり無理がある。それよりも本作の設定の方が、よほど自然でまっとうだと思います。
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