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 SF小説”An another tale of Z”  解説

想像してごらん、国々が、多様な文化が花開く世界を


 1971年、ジョン・レノンはのちに彼の代表作となる「イマジン」をリリースした。「想像してごらん、〜のない世界を」という印象的なフレーズの繰り返しで、国家、宗教、私有財産などがなくなった世界の「素晴らしさ」を歌った楽曲である。発表当時、世界は東西冷戦のまっただ中にあり、アメリカはベトナム戦争の泥沼に深くはまり込んでいた。ニクソン大統領はこの歌を「共産主義の歌」として敵視し、ベトナムの戦場でこの曲を耳にした米軍兵士たちは、大いに戦意を喪失した。
 現代の「平和の聖歌」とも位置づけられている歌だが、その詞を読み解くと、そこにあるのは「何ものにも支配されない自由」を標榜したアナーキズム(無政府主義)の思想である。

 1979年に放映されたアニメ「機動戦士ガンダム」。宇宙世紀と名付けられたその時代、世界は「地球連邦」という統一国家によって統治されていた。「An another tale of Z」の著者、小林昭人さんは、その世界観を「社会主義国が人類を統一した後の世界で、地球連邦はソビエト連邦が世界連邦化したものと見るのがいちばん妥当な解釈」(Vol.8 用語集)と述べている。確かに、描かれたキャラクターを見ると、地球連邦の人々はシンプルで機能的な、「人民服」か「北の将軍様」的ファッションで登場している。一方で、彼らに敵対するジオン公国は、軍服にしても私服にしても見るからに貴族的、権威主義的、ブルジョア的な装飾過剰なファッションに身を包んでいた。
そしてこの解釈に立つと、国境がなく、したがって戦争もなく、貧富の差もなく、誰もが平等に快適な生活を保障されているかに見える主人公側の国家は、「イマジン」でジョン・レノンが歌った世界のようにも思えてくる。そんな、ある種の理想郷に対して「起こるはずのない」戦争を起こしたのが、ジオン公国だったのだ。

 定石通り、この最初のガンダムは主人公側が勝利を収めて幕を閉じる。1979年当時はまだ、東側諸国が西側の豊かな生活を知らなかったように、西側に住む私たちも東側諸国が経済的に破綻しつつある実態をあまりよく知らずにいた。主人公たちは、自軍の腐敗した官僚主義に悩まされ続けたが、どんな世界にも問題はあるものだ。平和を取り戻した彼らは、理想の世界連邦で幸せに暮らし続けるだろう。
 しかしその続編である「機動戦士Zガンダム」が放映される1985年には、世界情勢は全く違ったものとなっていた。ファーストガンダムの世界観とは裏腹に、ソビエト連邦は世界連邦化することなく、その6年後に崩壊してしまう。Zガンダムが制作されたのは、その前兆がすでに表れている時期だった。そうなると必然的に、地球連邦という世界統一国家の崩壊が描かれなければならなくなる。

 現実には西側諸国が存在していたため、これは自由と民主主義、そして資本主義を是とする側の勝利となるべきなのだが、ガンダムの世界でそうした西側諸国の価値観の一部を担っていたジオン公国はすでに滅びたも同然になっており、地球連邦以外に国家らしい国家はなかった。制作者は、勝利を収めるべくあらかじめ約束された主人公を置く陣営の価値観を、新たに創出する必要に迫られた。そしてその価値観を国家ではなく個人で担うべく生み出されたのが、カミーユ・ビダン。盗んだガンダムで警官を踏みつぶす、希代のアナーキストであった。

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