MUDDY WALKERS 

たそがれ清兵衛  Twilight Samurai

たそがれ清兵衛 >2002年 日本 129分

監督山田洋次
脚本山田洋次/朝間義隆
原作藤沢周平「たそがれ清兵衛」
「竹光始末」「祝い人助八」

「 出演
真田広之/宮沢りえ/小林稔侍
大杉漣/吹越満/田中泯/丹波哲郎

スト−リ−

 労咳で妻に先立たれた海坂藩の下級武士、井口清兵衛(真田広之)。2人の娘とボケかけた母親の世話をするため、仕事が終わるたそがれ時になると、夜の付き合いを断ってさっさと家に帰ることから、同僚からは「たそがれ清兵衛」などと呼ばれ笑い者にされていた。しかし彼は、おじの藤左衛門が持ってきた縁談を断ってしまい、変わり者とののしられる。ある日、清兵衛は友人の飯沼(吹越満)から、妹の朋江(宮沢りえ)が夫(大杉漣)の暴力に耐えかねて離縁、実家に戻っていると聞かされる。幼なじみの朋江は清兵衛の家にも遊びにきて、2人の娘は喜んだ。そんなある日、朋江の元夫が実家に押し掛けて騒ぎになる。居合わせた清兵衛は飯沼と朋江を助けようと、元夫の果たし合いを受けることに。このことで清兵衛の剣の腕が知れ渡り、お上からある謀反人を討てとの藩命が下されてしまう…。

レビュー

 真田広之演じる“たそがれ”清兵衛を見てふと、10代の頃真田広之の大ファンだったというKちゃんの顔が思い浮かんだ。ドラマを見るために放課後は家にすっ飛んで帰り、「お嫁さんになる」ことを夢見ながらファンレターを書いたという。今の彼女からは想像もできないミーハーぶりに驚いたが、当時のKちゃんからも、こんな役柄を真田広之が演じることになろうとは、思いもしなかったであろう。妻に先立たれてからは身の回りの世話もまなならず、無精ひげで髪もぼさぼさ、破れた着物に穴のあいた足袋という出で立ちで、風呂にも入っていないので、同僚から「あいつはくさい」と疎まれる。そんな清兵衛の生きがいは2人の娘。内職をしないといけないので仕事が終わると同僚の誘いにも乗らずまっすぐに家に帰る。だから“たそがれ”清兵衛などと笑い者になっているのだが、そんなことは意に介さない。今でいう「シングルファーザー」である。こんな、生活臭の塊のような男性が主人公になる映画ができるんだ、とヘンなところで感動してしまった。

 出世や自分の自己実現よりも、家族の幸せが大事だという清兵衛の生き方は確かにアリだけれど、決して映画的ではない。けれどそれが今映画になるのだという、そんな価値観の大転換があるのだ。これまでの価値観から見ればしみったれて惨めな清兵衛の日々の暮らしがただただ淡々と描かれる前半部にこそ、この映画の真骨頂があるといったら大げさだろうか。

 しかし、そんな清兵衛にも実は隠れた技量がある。剣の腕である。きっと、それを大っぴらに喧伝していたらもう少し出世していたのかもしれないが、そんな気はさらさらない。剣客としての殺伐とした「気」みたいなものを、かつては持っていたのかもしれないけれど、今の清兵衛はすっかり捨ててしまった。騒ぎを起こした幼なじみ・朋江の元夫と果たし合いをするのも、彼女を助けたい一心があるだけと、どこまでも自分のためではなく他人のために生きてそれを苦としない男なのだ。

 藩命で海坂藩一の剣の使い手を討たねばならなくなった清兵衛は、決戦を前に、幼なじみの朋江に想いを打ち明ける。なんということはないストーリー展開なのに、ここで心を動かされるのは、これまで人のために献身してきた清兵衛がただ一つ、自分のために言ったわがままだからだろう。その素直でストレートな告白は心を打つが少し時遅すぎて、清兵衛は失意を抱えたまま決戦に向かうことになる。

 不条理をぐっと飲み込んで黙々と命令に従う武士の生き様は現代のサラリーマンにクロスオーバーすると、多くの男性は見て共感するのかもしれないが、それは違うと私は思った。フツーのサラリーマンは同僚とつるんで遅くまで出歩き、娘に疎んじられて「おまえはくさい」と言われているんじゃないか。清兵衛の生き様はちょうどその反対で、同僚からは「くさい」と言われるが、娘はどこまでも父を慕い、幼なじみの朋江からも想いを寄せられる。全然フツーではないのだ。だからこんなに惨めであっても、彼はヒーローとなることができた。

 奇しくも真田広之はこのあと「ラスト・サムライ」に出演、また「たそがれ清兵衛」もアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされて、国際的にも注目されるようになった。「たそがれ清兵衛」の最後、その後の清兵衛について淡々と語られるが、それがちょうど「ラスト・サムライ」の物語とかぶっているようで、実におもしろいと思ったのだ。実はこの二つの作品、雰囲気はかけ離れているが幕末と維新と時代も近い。一方は激変する時代の中で滅び行くサムライを描いた典型的なハリウッド大作となったが、実は現代という時代に多くを語りかけるのはそんな「ラスト・サムライ」ではなくて、地味で淡々としたとてもささやかな物語をつづった「たそがれ清兵衛」の方ではないかと思うのだった。

評点 ★★★★

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