MUDDY WALKERS 

バルトの楽園 

バルトの楽園 2006年 日本 134分

監督出目昌伸
脚本古田求
出演
松平健/ブルーノ・ガンツ/國村隼
阿部寛/オリバー・ブーツ
コスティア・ウルマン/高島礼子/平田満
大後寿々花

スト−リ−

 1941年、第一次世界大戦が勃発すると、日本はドイツが拠点としていた中国・青島をイギリス軍とともに攻略すべく、要塞を攻撃する。日本軍の猛攻を前に、一人の兵士が敵に銃を向けようとしないため、それを咎めたカルル・ハイム(オリバー・ブーツ)は、彼に日本人の娘(大後寿々花)がいることを知る。ついにドイツ軍は降伏し、およそ4700人のドイツ兵が捕虜として日本に送還され、各地の捕虜収容所に振り分けられた。劣悪な久留米の収容所での拘束生活に苦しんでいた捕虜のうち、クルト・ハインリッヒ司令官(ブルーノ・ガンツ)以下約90人が徳島県鳴門市にある板東俘虜収容所に移送されてくる。収容所長の松江豊寿中佐(松平健)は捕虜たちに自主活動を奨励した。久留米時代から何度も脱走を繰り返していたカルル・ハイムは、ここでも脱走を企てるが、親切な村人(市原悦子)に助けられ、自主的に収容所に戻ってくる。そんな彼を出迎えた松江所長は、元の職業を生かして収容所でパン職人として働いてくれと頼むのだった。

レビュー

 第一次世界大戦中に、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所であった実話をもとに、日本で初めて、ベートーヴェンの交響曲「第九」がドイツ兵捕虜の結成した楽団により演奏されるまでを描く。

ジャンルでいえば「戦争映画」に属するが、実にほのぼのとした心温まるストーリーで、こんな捕虜収容所なら私も入ってみたい、と思えるほどだった。戦争映画における日本軍の軍人は無茶、無謀、無責任で偏狭な差別主義者として描かれるのが定石で、実際にそのような人物が多かったことは事実だが、そんな中で、この映画の主人公である松江豊寿中佐のような人物がいたこと、また彼の人道的な収容所運営によって、収容されていたドイツ兵の持つ様々な知識や技術、文化が、まだ近代化への道を歩み始めて間もない日本にもたらされたことを知ることができる、ということでも価値のある作品だと思う。

 タイトルの「バルト」はドイツ語で「ひげ」の意味、楽園は「がくえん」と読む。誇り高いドイツ軍の司令官ハインリッヒは、松江所長のカイゼルひげを「似合わない」と言うが、松江は敗軍の将に礼節をもって接しつつ、そのひげの形をいつも誇らしげに整えていた。両端をはねあげたような形のこのスタイルは、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世のひげをまねたものだそうだが、なるほどだから、皇帝を崇敬するハインリッヒは異国の軍人がこのひげをまねることが気に障ったのかもしれない。しかし松江はこのスタイルを貫き通す。ドイツの敗戦が伝わり、捕虜たちがドイツ本国へ帰国することになったとき、彼はこのひげを落とそうとして、手を止める。松江がカイゼルひげにこだわったのは、1000人ものドイツ人、しかも文明の進歩度からいえば格段に日本より高いところにいるドイツ人捕虜に対してリーダーシップを発揮しようと、わざとこのひげを選んだのかもしれない。しかし所長としての任を終えたとき、このひげには別の意味が宿っていたのだろう。ドイツ兵の捕虜たちが松江所長を尊敬したように、松江もまた、このたぐいまれなる職能を持った人々を、敬愛していたのだ。

 捕虜たちが、板東の収容所に移送されてきて、最後には第九を演奏するということは知っていたが、そこに至るまで、どのように話を盛り上げていくのだろうと思ったが、この物語の語り手にもなる若いドイツ兵ヘルマンと村娘との出会いや、脱走常習犯カルルが松江や板東の人々との出会いで変わっていくエピソード、そして冒頭に出てきたドイツ兵の日本人の娘などのエピソードを積み上げつつ、人々の心の交わりを描いていく。映画としては分かりやすく、敗戦し意気消沈したドイツ兵たちが、収容所生活の中で得た友情に対する感謝の気持ちをこめて「第九」の演奏のために再び一致団結していく姿、そしてその歌にこめられた気持ちが合唱(捕虜は全員男性なので、男声のみの合唱だが)ではじけていく感じがとても良い。

 しかし物足りないところもあった。脱走常習犯だったカルルは重要な役所なだけに、もう少し、彼を脱走に駆り立てた辛さを描いてほしかった。また、語り手となるドイツ兵が母に宛てた手紙がなぜか片言の日本語で読まれたり(ドイツ語に字幕の方がよかった)、会津人として舐めた辛酸を語る松江所長の回想場面の演出が古くさく感じてしまったこともある。そしてエンディング。収容所であれだけ写真を撮る様子を映していたのだから、エンディングの第九のバックには、現代日本での第九演奏の様子ではなくて、捕虜たちが実際に残した写真や手紙、収容所内で印刷された新聞などの実物を見せて欲しかった。しかし、そういう点はあるにしても、良い話であることに変わりはない。知られざる歴史を掘り起こして描いた、貴重な一作である。

評点 ★★★★  

<<BACK  NEXT>>

 MUDDY WALKERS◇