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機動戦士Zガンダム第49話「生命散って」遠藤明吾

あらすじ
 唐突に艦隊決戦が始まり、アクシズ・ティターンズ連合軍の総攻撃を受けるエウーゴ。

Aパート:とりあえず艦隊決戦カツ死亡、ラーディッシュ撃沈ヘンケン&ジェリド死す
Bパート:メガランチャー当たる、ヤザンやられるレコア死亡

なぜか戦うアクシズ軍とティターンズ
 出撃する時のカツのセリフ、冒頭の解説ではコロニーレーザーを奪回にアクシズ・ティターンズ連合軍の総攻撃なのだが、彼のセリフではティターンズとアクシズが戦っているという話で、「共倒れになっちまえ」とか言っているから、何だオープニングと本編作っている人が違うのか、もうぐちゃぐちゃだなと思っている間にカツが殺される。そこにヒョララーッと宗教っぽい音楽と共にサラのお化けも登場、始まって二分くらいじゃないか。
 次の犠牲者はヘンケン艦長、エマを助けるために戦艦一隻潰し、ついでにジェリドも片付けられる。それにしても死ぬの早いな、始まって7〜8分だよ。次の犠牲者レコアはシロッコと一緒に電波会話、音楽もドロドロドロンと変わり、何だかムダに深刻なムードが。合間にシャアがメガランチャーを撃ち、この兵器が登場して本邦初公開、初めて敵機(ザコだが)を大量撃墜する。しかし、ハマーンとシロッコに阻まれ、彼の活躍もこれまでであった。一応カツの言う通り、アクシズ軍とティターンズは戦っていたらしい。


カオルのひとこと:小林さんのご指摘にもあるように、ナレーションとカツの台詞がかみ合ってません。状況説明はほぼナレーションだけで本編はほぼ痴話ゲンカと戦闘シーン、という本作にあってこれは致命的。カツ、ヘンケン、ジェリドとともに作品そのものも生命を散らしていきそうな勢いです。とりあえず、なぜかは分からないけど急に大戦争が始まり、あとは次々エウーゴの面々がやられていく、というだけのお話し。

そしてカミーユ覚醒、宗教アニメと化していく
 後半戦はレコアとエマの女同士の戦い、あっという間に相討ちでレコア死亡、その際にエマも重傷を負う。そこで何かの宗教マンガのようにカミーユが覚醒し、オーラパワーでヤザンがやられてしまう。まるで大川隆法のビデオみたいだよ。ラストはヤザンを倒したカミーユが傷ついたエマを収容してエンド、ひでえ話だなあ。
 実は筆者、ゼットガンダムのこの辺の話は2ヶ月前にはビデオを借りてきていた。しかし、話が後ろに行くに連れて変な話ばかりやるので、このラスト二話まで来るともう気分はドナドナというか、どうしてもビデオを点ける気がしなかったのである。で、三回くらい見ないでビデオ屋にビデオを返し、同じDVDに入っている先行2話を見てまた返し、ようやく最終話に辿りついたのだが、何かホントに死ぬ話ばっか、良く見るとこの話、冒頭からカツが痛いセリフでテンションを上げているのでそれっぽいムードはあるが、話自体は筋も簡単だし、単に殺害シーンを連続して流しているだけ、捻りも深みもない、つまらないものである。あと宗教アニメ、何だこんなもんかというのが改めて見た感想。

カオルのひとこと:レコアとともに出てきたシロッコ、「狙いはジュピトリスのみ!」とモビルスーツ隊を全部出すハマーン。あれ、なんだやっぱりアクシズとティターンズは仲間割れかよ!もう、わけがわかりません。レコアとエマはガールズトークをしながら戦いレコア死亡、そして突然覚醒して桃色の光に包まれてZガンダム・スーパーモードが発動!最終回まであと1話で今更そんな必殺技を繰り出すとは…。そして私はあることにふと気付いてしまったのでした。

 二つもやれないなという理由は、よく見るとわかるが、この話、話がねじれているのである。一応戦争ドラマなんだが、例えばどこの軍がどこと戦っていてという基本的な情報や状況がカットごとでまちまちで、全く違う人が作った話を一つにまとめたかののような散漫さがある。一言で言えば統制が取れていないのである。今までもひどかったが、ここに来て制作スタッフもボロボロになってしまったようである。監督の言うことなんか誰も聞いてないし、たぶん大川隆法やオウムのビデオを一緒に作っている会社に下請け頼んだんだろう。そのせいかエマやカミーユの顔がとても「仏教マンガ」っぽい。作画も最悪、話も最悪、こんなの箸にも棒にも掛からない。
(レビュー:小林昭人)

カオルのひとこと:大切な人を次々失って、怒りのスーパーモード発動!っていうガンダム作品がありましたよね。そう、あんなの異端、のGガンダム。あれって、Zガンダムのリメイク(いや、むしろパロディ?)だったんですね。だって、ところどころ話がそっくりですよ。残念ながら、リメイクの方はZが最終回手前でやっているようなことを、第6話でもうやっちゃいましたけどね。どっちも同様にバカバカしい話だけれど、でもあっちが面白くてこっちが壊滅的にダメなのは、話が似ていることとはまったく関係なくて、筋の通った土台があるかどうか、どの脚本家が書いてもぶれない芯とキャラクター像があるかどうか、そこのところのレベルが全然違うからなんですよね。で、とりあえずカツ、ヘンケン、ジェリド、レコアにヤザンが死んで、覚醒したカミーユがシロッコとオーラメラメラ対決、がラストでしょうか。1ミリたりとも心のときめかない最終回が待っています。

評点
 人死に話とカツ・コバヤシが持たせたこの話、話は高校生でも書ける。(小林)
 1対1で対戦して順番に人が死んで行くだけの話。(飛田)


関連レビュー「ガンダムAGE第 49話 「長き旅の終わり」脚本:日野晃博

あらすじ
 ゼハートが戦死し窮地に立ったヴェイガンは、切り札としてイゼルカントのクローンであるゼラ・ギンスを出撃させる。そして再度ディグマゼノン砲の発射を企図するが、クローンのゼラ・ギンスの機体に自動生成MSシドが乗り移って暴走。ディグマゼノン砲を破壊し、ディグマゼノン砲装備する要塞ラ・グラミスと結合していたセカンドムーンは暴発の危機にさらされる。フリットはガンダムにプラズマダイバーミサイルを装備し、この隙にヴェイガン殲滅を図ろうと狙いを定めるが、キオに諭され、両軍のパイロットに呼びかけてセカンドムーンをラ・グラミスから切り離す作業にかからせ、窮地を救うのだった。37年後、火星の風土病マーズレイは克服され、フリットの銅像を見上げる息子アセムとキオの姿があった。

Aパート:ゼラ・ギンス暴走、フリットの狙撃準備
Bパート:キオの説得とフリットの改心、フリット演説、シド破壊

コメント
 最終回の1つ前で、親子三代にわたって宿敵だったゼハートがあっけなく死んでしまいます。イゼルカントも死の床にあり、ラスボスはどうなることかと思いきや、ここで、これまでカプセルの中でもやもやしている姿がチラチラ出てきていた、イゼルカントのクローンが出てきた。最終回で、ほぼ初登場のキャラがラスボスとは、前代未聞である。それにクローンだといってもこれまでカプセルの中で培養されていただけなのに、生物的にクローンであるばかりか、パイロット能力までコピーされているとはどういうことかのか。この世界では、生まれながらに最強パイロットになれるかどうか、あらかじめ決められているかのようである。フリット親子三代もそうであった。彼らはガンダムに乗るべくして生まれ、他の選択肢はなかったのだ。アセムが海賊になったのは、そうした運命への抵抗であったのかもしれない。
 話は、孫のキオの説得でフリットが少年時代に守りきれなかった少女の死というトラウマを乗り越え、復讐心を捨てて暴発からセカンドムーンの住民を救って終わる。長年ヴェイガンを苦しめ、彼らの地球征服の野望の原動力となっていた風土病は克服され、物語は大団円を迎える。フリットは少年時代に宣言した通り救世主になるが、彼がそうなり得たのは、アセムとキオ、この息子と孫によるところが大きい。自分の思い通りにいかずにキレる爺、なだめる孫。振り返ってみれば、そんな奇妙な親子逆転の構図だけが印象に残っている。親の必要、親の自己満足のために利用される子ども。そんな現代的な光景の断片が、実は「親子でガンダムを」という制作者の意図の中に見え隠れしている。本作は、幼い日にガンダムを観て大人になった世代の独善的な押しつけという形以上のものにはならなかった。残念なことである。

評点
  フリットの銅像を見上げるアセムとキオは、一体どんな表情をしていたのだろう。


その他のZレビュー
「機動戦士Zガンダム回顧録」 Z第49話レビュー
「パラレルユニヴァース」 Z第49話レビュー


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