MUDDY WALKERS 

それでもボクはやってない 

それでもボクはやってない 2007年 日本 143分

監督周防正行
脚本周防正行

出演
加瀬亮/瀬戸朝香/山本耕史
もたいまさこ/役所広司/田中哲
光石研/尾美としのり/小日向文世
高橋長英

スト−リ−

 26歳フリーターの金子徹平(加瀬亮)は、友人の勤める会社で働き口を紹介され、面接に行く途中、満員電車で乗り合わせた女子高生に痴漢だとして逮捕される。「僕はやってない」というものの警察に連行された徹平は留置所に。刑事にはやったと認めたらすぐに出してもらえるなどと脅され、当番弁護士には示談をすすめられるも、やっていないものはやっていないと否認していたら、そのまま拘留。起訴されて裁判で事実関係を争うことになる。連絡が途絶えたことを不審に思った母親(もたいまさこ)と友人(山本耕史)は拘留されている徹平と面会、弁護士探しを始めるが…。

レビュー

 『シコふんじゃった』や『Shall We ダンス?』などちょっと世間とズレたことに魅力を見出しがんばる人たちの姿をコミカルに描いてきた周防正行監督が、9年ぶりに取り組んだテーマは「冤罪」。『それでもボクはやってない』は日本の司法制度の現状を描きながら「これでいいのか」と私たちに問いかける、本格的社会派ドラマである。実際に何度も裁判の場に足を運び、事件の当事者から取材するなど、時間をかけて丁寧に練り上げられた脚本は、予想に反して笑える場面など一つもないけれど、観る者をぐいぐい引きつける力を持っている。
 映画は、徹平が電車から降りた途端、女子高生に腕をつかまれるところから始まる。電車の中で起こったことは警察での事情聴取、弁護士への説明、そして司法の場で語られることにより明らかにされてくるのだが、面白いのは、映画の中では、実際に何があったのかは描かれていないことだ。いきなり捕まえられた徹平を、観客は彼が言うように「やっていない」と思って観ているけれども、では何があったのかと、それは分からないので、彼が刑事や弁護士に語ることに耳を傾けるしかない、ということだ。結局観客は徹平が「僕はやっていない」という言葉を信じながら、司法の場に立つ証人の証言を聞くことになるが、真実は他の傍聴人同様に、分からないのである。
 司法の場は「真実が明らかになる場所」と思っていたが、実はそうではないことが、徐々に明らかになってくる。私はこの映画ではじめて検察というものが何なのか分かった。検察とは警察の捜査を受けて、被疑者を起訴し、司法の場で法の判断を仰ぐのが仕事なのだが、要するに、警察の逮捕した容疑者が間違いなく犯人であることを立証するための存在なのだ。痴漢冤罪という構図から、国家対個人という大きなテーマが次第に浮き彫りになってきて、判決の行方に目が離せなくなるのである。

 大変真摯に作られた映画であるが、それでもどこか、周防監督ならではの、全体を包み込むような滑稽さが感じられるのは、やったかやっていないかが問題になっている犯罪行為が「痴漢」という、日本特有の満員電車の中で起こる客観的に観て非常にバカバカしい(しかし被害者にとっては甚大な精神的被害がある)ものだからであろう。被告人となった徹平は弁護士と、友人たちの協力を得て「再現ビデオ」を撮影する。もちろん彼らは真剣そのものだが、無実を証明するためにこれだけのことをしなければならないのかと思うと、どことなく可笑しくて、やがて悲しくなってくる。
 公判でのやりとりを見ていて、裁判官は結局何をもって人を裁くのか、まずもって分からなくなる。証言に立つ人の中には明らかにウソをついている人もいるのだが、裁判官にはそれを見抜く力はない。最初のうちは「それでもきっと、正しい判決が下されるに違いない」と思って見ているが、それもだんだん怪しくなってゆく。けれども最後に決定的と被告側が思っていた証人が現れて、判決を、徹平とともに胸をどきどきさせながら聞くことになる。
 どんな判決が出たかは、ネタばれになるので書かないが、その後の徹平の一言が、私にはちょっとした衝撃だった。この映画は確かに重い現実とゆがんだ司法のあり方に対する怒りを私たちに見せつけるが、それでもまだ希望を捨てない徹平に、希望があることを教えられるのだった。

 キャスティングがとても良く、どの人物も類型的なキャラからちょっとズレた線を狙っている感じ。主人公の徹平が、冤罪で拘留されたところであまり失うものの少ない失職中のフリーターだったり、人の良さそうな尾美としのりが“権力の犬”の検察官だったり、息子の冤罪を晴らそうと動き出す母がとぼけた感じのもたいまさこだったり、交代した裁判官が温厚そうな小日向文世でこの人はいいかもと思ったらそうじゃなかったり。
 ステレオタイプなキャラクターを廃することで、物語はより緊迫感を増して迫ってきた。中でも徹平を演じた加瀬亮は、セリフのないときの表情がとても良く、突然罪を着せられて囚われの身となった戸惑いをひしひしと感じさせてくれた。
 それにしても、徹平はどうしてやっていなくても罪を認めて早く留置場から出ようとはしなかったのか。彼に正義感があるわけでなく、彼の動機となるようなドラマは何もないのだが、終盤で独白する「神と自分以外、真実は知らない」という言葉にそのワケが込められているような気がした。

評点 ★★★★★

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