MUDDY WALKERS 

蝉しぐれ 

蝉しぐれ 2005年 日本 130分

監督黒土三男
脚本黒土三男

出演
市川染五郎/木村佳乃/今田耕司
ふかわりょう/緒方拳/原田美枝子
石田卓也/佐津川愛美/大滝秀治

スト−リ−

 牧文四郎(石田卓也)は海坂藩の普請方を務める下級武士、牧助左衛門(緒方拳)の息子。粗末な組屋敷に両親と暮らしながら道場に通い、剣の腕を磨いていた。隣家に済むふくとは、挨拶を交わすほどの間柄だが、思春期とあって互いに気になる存在である。そんなある日、文四郎は父がお家騒動に巻き込まれて監察の取り調べを受けることになったと知らされる。そのまま父は帰ることなく、切腹させられてしまった。文四郎は遺体を引き取り、大八車で家までの遠い道のりを運んでゆくが、最後の坂のところで力つき、どうしても登りきることができない。そのとき坂の上から駆け下りてきたのはふくだった。
 心を通わせたかに見えた二人だが、運命が二人を引き裂く。ふくは江戸の屋敷で女中奉公をすることになったのだ。別れを告げる間もないまま、二人は離ればなれになる。成人した文四郎(市川染五郎)はある日、父を切腹させた黒幕の里村から呼び出される。元の禄に戻すというのだ。ふくと暮らしていた懐かしい組屋敷に戻ったが、そこで文四郎は、江戸に出たふく(木村佳乃)に殿様のお手がつき、もはや手の届かない存在になってしまったことを知るのだった…。

レビュー

「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう(創世記2:18)」という聖書の言葉が思い浮かんだ。牧文四郎とふくとは、互いをそんな存在として認め合う瞬間を確かに生きたのだ。この映画は、そんな二人の20年におよぶ愛と、それでも一緒になることができない世の不条理とを描いている。

 運命的な二人と世の不条理などというと何やら韓国ドラマのようなドロドロした世界を思いうかべてしまう。しかしこの映画ではそんな世界とは対極にあるかのような、淡々と端正に作り上げられた物語が繰り広げられる。こぶしを振り上げて泣き叫ぶのが韓流なら、こぶしを握りしめて言葉と思いをぐっと飲み込むのが日本人の生き様だ。不条理に時には立ち向かいながらもぐっとこぶしを握って堪え忍ぶ、そんな中からあふれ出る思いをえがいた作家・藤沢周平の世界が、見事にスクリーンに映し出された。

 黒土監督は10年以上かけてロケ地を探し回ったというが、その時間は無駄ではなかったと思う。「ラスト・サムライ」はニュージーランドに日本の里山を再現して撮影されたが、それを聞くと「映画を撮るに値する風景は、もう日本にはないのか」とがっかりしたものだ。決してそうではないことを、この映画は教えてくれる。雪景色、桜吹雪、蝉しぐれ、秋の稲穂という美しい日本の四季を絵のように見せて、私はその風景を見ているだけですでに泣けてきてしまった。これは日本各地で立ち上がった自治体のフィルムコミッションの活動の成果といえるだろう。私の住む滋賀県の名もエンドクレジットの中に登場して「あそこの場面がそうだったか」と思わず振り返ったものだ。

 前半は、思春期の文四郎の生活を、ふくとの関係や与之助、逸平との交流をまじえて淡々と描く。父・助左衛門は普請方で、その人柄と仕事ぶりは台風で近くの川が氾濫しそうになったときのエピソードを通して描かれる。昔は川が氾濫しそうになると、わざと影響の少ないところで堤防を決壊させて難を小さくとどめたそうである。それが普請方の仕事の1つで、豪雨の中を出ていく男たちの姿に「自然との闘い」を見て感動してしまう。そんな中で、理由が知らされないまま父・助左衛門が切腹させられ、文四郎は反逆者の息子として疎んじられるようになる。

 後半は、江戸に上って殿様の側室となったふくが巻き込まれた派閥争いが物語のメインとなる。1人目の子を流産してしまうものの、再び子供を授かったふくは藩に戻り、密かに出産していた。そんな中、父を切腹させた張本人である里村左内から陰謀のための手先となるよう脅された文四郎は、ふくを助けたい一心で役目を引き受けるが、それは屋敷からふくの子を誘拐してこいというものだった。この争いの中で、文四郎とふくは再会することになるが、ふくはもはや隣家の少女ではなく「おふく様」と敬称で呼ばねばならない遠い存在になっていた。

 前半と後半をつなぐもの、それは「こう言えばよかったのに、言えなかった」という文四郎の思いである。切腹の前に父と面会した文四郎は、父を前に「言うべきだったのに、言えなかった」言葉があった。文四郎とふくとの間にもそれがある。たとえ知ったとしても今更どうすることもできないのだけれど、それでも確かめたい思い…。そしてやっとの思いで口にした一言に、胸がしめつけられるのだ。
 映画は静かにはじまり静かに終わるが、きらきらと輝く水面に浮かぶ小舟に文四郎が伏せて隠れるラストシーンを見て「彼は突っ伏して号泣しているのかな」と思ったりした。たとえそうであってもなくても、それを見せずに想像させるのが日本の映画であり、察して感じることができるのが日本人の賜物なのだ。

 文四郎の子役を演じた石田卓也はこれがスクリーンデビューということで、最初の場面のセリフが棒読みだったからどうなることかと思ったが、だんだん良くなっていった。特に与之助と逸平に「父に・・・言うべきだった」と心残りを打ち明けるシーンは押し殺した感情があふれ出て、素晴らしかった。成人した文四郎役の市川染五郎はさすがに歌舞伎役者だけあって立ち振る舞いが美しく、殺陣のシーンもいきいきとしていた。整った顔立ちだけれど表情に幼さが見えるときがあって、一途にふくを思う役柄にぴったりと思う。大人のふくを演じた木村佳乃はCMなどでコミカルな姿ばかり見ていたから果たしてどうかと思ったが、本当にきれいで、一生かけても愛したいと思うような素敵な女性になりきっていた。前半だけで姿を消すが、父親役の緒方拳の名演も映画をぐっと引き締めたと思う。

評点 ★★★★

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