MUDDY WALKERS 

キリング・フィールド THE KILLING FIELDS<

キリング・フィールド 1984年 イギリス 141分

監督ローランド・ジョフィ
脚本ブルース・ロビンソン

出演
サム・ウォーターストン
ハイン・S・ニョール
ジョン・マルコビッチ

スト−リ−

 ニューヨーク・タイムスの記者、シドニー・シャンバーグ(サム・ウォーターストン)は特派員としてカンボジアの首都プノンペンに来ていた。アメリカを後ろ盾にしたロン・ノル政権の政府軍と、革命派勢力クメール・ルージュとの戦闘が激化していた時であった。シャンバーグはカンボジア人の助手ディッド・プラン(ハイン・S・ニョール)の助けを借りて、精力的に取材活動を行っていた。しかしクメール・ルージュは勢力を拡大。次第に首都プノンペンに迫ってきた。外国人が次々と国外へ脱出する中、最後までとどまって取材しつづけようとするシャンバーグだが、ついにプノンペンが陥落。シャンバーグとプラン、アメリカ人カメラマンのロックオフ(ジョン・マルコビッチ)、イギリス人記者のジョン・スウェイン(ジュリアン・サンズ)は逮捕されてしまう。プランは何とか3人を助けようと必死にクメール・ルージュの兵士と交渉し、彼らは最後の砦となったフランス大使館に逃れることができたが、プランだけは連行されていってしまう。アメリカに帰国したシャンバーグはこのカンボジアの一連の取材記事でピューリッツァー賞を受賞するが、彼は救い出すことのできなかったプランのことが気がかりで喜ぶ気持ちになれずにいた。一方のプランは、原始共産主義の達成を標榜するクメール・ルージュの監視下で強制労働に明け暮れていた。家族は引き裂かれ、子どもが親を監視して密告する。そこはまさに地獄としかいいようのない、恐ろしい現実があった…。

レビュー

 「キリング・フィールド」とは、殺戮の野という意味。ニューヨーク・タイムズの記者、シドニー・シャンバーグの体験をもとにしたノンフィクション映画である。1970年代、共産主義勢力クメール・ルージュとカンボジア政府軍との戦闘が激化するなか、首都プノンペンから記事を送りつづけていたシドニーだが、ついにプノンペンが陥落すると、カンボジアから出国せざるを得なくなる。助手のディッド・プランというカンボジア人を何とか助けようとするが、万策尽きてしまう。次々と各国のジャーナリストたちが去っていくなか、最後のヘリコプターに乗ることができず、立ちすくむディッド・プラン。ここから、この映画の真骨頂が始まる。

 プノンペン陥落の場面を見て、私は既視感におそわれた。確かに、この場面は見覚えがある。プノンペン陥落は1975年4月のことだから、私は8歳だったと思う。そのニュースをテレビで見たのだ。母がそのとき「なんてかわいそう、国がなくなってしまうなんて」と言った。その言葉が、ものすごく印象に残っていたのだ。「国がなくなる」ということが、とても不思議だった。ニュースでも、この映画でも、多くの人が家財道具を荷車に積んで逃げていくのだが、なぜ、何から逃げるのかわからなかった。この映画を観て、初めて8歳の時のニュースと、その時の母の嘆きの意味が分かったのだ。

 映画では、鎖国によってほとんど実態が知られることのなかったクメール・ルージュの粛清と恐怖政治を、ディッド・プランの目を通して描いてゆく。ディッド・プランを演じるのは実際にクメール・ルージュの粛清の嵐を生き延びて脱出してきたというカンボジア人の元医師。これが映画初体験だったということだが、素晴らしい演技を見せている。その裏には「何としても、この真実を世界に伝えたい」という熱意があったのだろう。

 ラストシーンでジョン・レノンの「イマジン」が流れてくると、もう涙をこらえきれなくなる。まさに、このラストシーンのために作られたかのようだ。私は「イマジン」という曲の背景に流れるジョン・レノンの思想を受け入れないが、この真実の物語のラストを迎えたとき、国境を越えてつながる大きな力を思わずにはいられない。その意味で、この曲の選択は実に良かったと思う。

 プノンペン陥落当時、日本からも朝日新聞の記者が派遣され、精力的に取材をしていた。そのうちの一人、本多勝一は「カンボジアで虐殺は行われていない」と言い続けていたそうだ。そして、カンボジア大虐殺報道の先駆となったシドニー・シャンバーグ記者を罵倒するような記事を書いただけでなく、この映画を「無知な人々だけが感激する映画」とこき下ろした。

 私は高校生の頃本多勝一の本を結構読んで(「アメリカ合州国」とか「アラビア遊牧民」とか「殺される側の論理」とか)、その仕事に感服していたのだが、今になってみると「騙された」という思いしかない。毛沢東やクメール・ルージュなどの凶悪な共産主義思想を礼賛し、新聞というメディアを通して、多くの日本人を惑わせていたのだ。この人は、自己正当性を喧伝するためにジャーナリズムを利用している悪質なジャーナリストだと思う。だから、なぜシドニー・シャンバーグが、必死になってディッド・プランを助けようとするのかが、分からなかったのだ。

 映画に描かれている政治的背景が今では相当にわかりにくくなってしまっているが、こういった日本のメディアの裏事情も含めて、様々な意味で観る価値のある映画だと思う。

評点 ★★★★

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