ブログ評論集
クルマの話(2007年末)
※作成日の異なるブログ集成文のため、内容は個々独立・重複している場合があります。
第6章 現在の自動車産業
目次
1.プレミアム路線
2.各社各様の21世紀
3.北の大地のトヨタ工場
4.大きくなりすぎたトヨタ
5.最後はクルマ
6.レクサス日本上陸
1.プレミアム路線
美貌のイギリス元皇太子妃、ダイアナ・スペンサーがパリのどこにでもある地下道の柱に激突して事故死した時、メーカーも含む自動車オタクたちの間では彼女が乗っていたのがダイムラー140型であったことから、同社のクルマの安全性についての議論が喧しく行われた。消息筋として「シートベルトをしていれば助かったかもしれない」とのコメントがあったが、ここでは推定速度80キロで側壁にぶつかったなら、いかなるクルマも助からないのだという当たり前の議論が忘れられていた。
それまでの経緯もあり、1990年代後半の自動車に要求される安全性や品質の基準は恐るべきものになっていた。つまり、これらのクルマは時速60キロでぶつかっても死なず、防錆保証は10年、パワーウィンドウやエアコンなど快適装備は標準装備、壊れず静かで最大速度は200キロ以上、燃費は大型車でもリッター10キロを割らないことなどが求められたが、性能装備は一世代前の高級車の水準であり、安全基準などは小型車であっても落とすことは許されないのだった。信頼性については、三菱自動車の得意技「ホイール飛ばし」は1950年代なら笑って許せる話だったが1990年代では犯罪であった。
VWゴルフⅣは2004年まで生産されたが、最末期のモデルはバランサー・シャフトを装備した。それまでのこのクルマのエンジンはゴルフⅢの改良型で、エンジニアは苦心して防振対策をしたのだが、それでもかなり振動のあるエンジンだった。が、挿入された魔法の棒により、それが綺麗さっぱり消えていたのだった。
それまでは、ゴルフといえばうるさいクルマの代名詞で、特にアイドリング時の振動は定評があるのだけど、2003年発売のゴルフⅣにはこれは当てはまらなくなっている。このクルマはバランサーシャフトを装備し、この魔法の棒はどうやっても取れなかったエンジン周りの振動を綺麗さっぱり消してくれる。これは日本人の発明で、日本が世界にした数少ない自動車発明の一つである。
4気筒エンジンは1番、4番のピストンが上死点にあるときに2番、3番ピストンが下死点に来るために、ゴルフだと0.5トン程度の燃焼圧の反動をモロに受けてしまい、ムダが少なく軽く作られたこのエンジンではかなり盛大に上下に振動することになる。それを防ぐためにエンジンマウントはゴムでできているのだし、取り付け位置も工夫しているのだけど、およそできることはやりつくした観のあるゴルフⅣでもこの振動までは取り切れなかった。
バランサーシャフトとはエンジンの脇で2本の錘の付いたシャフトを回転させ、この反動と反対方向に偶力を発生させることで振動を打ち消す仕組みである。アイディア自体は以前からあったが、2本のシャフトを錯角に配して反動である一次振動のみならずエンジンを揺動させる二次振動まで打ち消してしまう発明、「2次バランサー」は80年代に三菱で開発された。これを積んだ三菱サイクロンエンジンは同社の4気筒車ミラージュに搭載されたが、実際に売れたのはCMに起用されたエリマキトカゲであった。ミラージュは売れず、この技術の三菱での将来は絶たれたように見えたが、ポルシェ社が968に採用したことで注目され、今や世界的な技術になっている。
いずれにせよ、シャフトの装備で大衆車のVWゴルフがレクサスやダイムラーと遜色ない自動車になってしまうのだから、1990年代後半はクルマのクオリティが著しく向上した時代でもあった。
クルマを評価する従来の指標「走る・曲がる・止まる」や「NVHの遮断」、あるいは「衝突安全性」については、各社とも行き着くところまで行き着いて並んでしまった観がある。ABSから始まるブレーキ改良の提案もネタが尽きた感じだ。4輪駆動も同じである。
2.各社各様の21世紀
1990年代後半の設計者は様々な難しい課題をクリアしなければならなかったが、安全性(die Sicherheit)を重視したために従来より100~200kg重くなったクルマで、商品としての個性「走る楽しさ(Freude am Farhen)」を演出するのはかなり難儀(schwer)な作業ではあった。その上、経済性(die Benzinzahl)の要求があり、これは多段トランスミッションやCVTなど様々な技術が取り入れられたが、現時点で最も有望なのはロボットATである。これは以前からあり、フィーリングの悪さが玉に傷だったが、アルファロメオやVWのそれはかなり良いものになっている。日進月歩で最も改良が進んでいる分野である。ただ、既存のオートマチックも改良されているので、これによる伝達効率の差は2%程度で、これは運転次第で相殺されてしまうようなものである。昔のクルマでは多かった振動もランチェスター・バランサーの装備で過去のものになってしまった。こうなると、これらVWやトヨタの安グルマとダイムラーの違いはバッジだけということになる。
VWもダイムラーも現在は不調が囁かれているが、その内実は大きく異なる。VWの場合はいわば「前進に伴うコスト」というもので、使った金はマルチリンク装備の新型ゴルフや販売店の整備など実のあるものに投資されている。ダイムラーの場合は90年代後半の合併劇と軋轢の後遺症に苦しめられており、最近の同社からは技術的な提案がほとんど無い。かつては安全ボディやABSを筆頭に業界をリードしてきた会社とは思えないほどである。
トヨタはやや事情が異なる。上記の会社のようなコストを払っていないこの会社が好調なのは当たり前だが、拠点の整備ばかりに熱心で、技術的にはかなり遅れてしまった。現在の同社の優位はハイブリッドカーくらいのものである。しかし、それ以外のクルマはどうにもいただけない。施設の世界への拡散は日本国内では空洞化をもたらし、また、トヨタ自体のアイデンティティも失われつつある。このまま行くとトヨタは「二世代前のクルマを製造する世界共通インフラの会社」になりかねず、これは旧式なサンタナをいつまでも製造していた中国VWや21世紀までビートルを製造していたメキシコVWと大差ないものといえる。これらの会社の経営がドイツのVW本社に及ぼした影響は皆無であった。1,000万台の内実はかなり心寂しいこの会社をどう扱うかは自動車界にとっては問題ではなくとも、日本という国には問題ではあろう。
3.北の大地のトヨタ工場
極東に北海道という名の小さな島があり、日本の領土なのだけど、ここを訪れると日本人というものの悲哀を感じることになる。何でここの人たちは本土の生活様式をそのまま持ち込みたがるのだろうか、独自の様式を探求しようとしない。札幌市など見ると「いかに東京に似せて建物を建てるか」にご執心のように見える。そういえば松前藩以来300年、日本人は函館以北には行ってはいないのだった。
これは7万平方キロ程度の小さな島で、農業と牧畜が主な産業だが、戦後、ここに製造業を移植しようという試みはことごとく失敗に帰した。役人の検討報告も、どこかしら諦めのムードが漂っているのが泣かせる。
読むと天然ガスだの物流基地だの気宇ばかり壮大で、実践計画がチャチなのは役人だからだろうか、それとも一坪2億円の原野ばかり見ていて脳がマヒしてしまったのか、これはクルマの話なので関連部分を読んでみて思った。筆者の考えを言うならば、別に彼らや苫小牧の住民は悪くない(報告書には民度が低いとか責任転嫁のようなこともついでに書いてある)、悪いのは彼らが日本人であることであって、諸悪の根源はトヨタ自動車だ。
筆者のサイトは愛知県からのアクセスが割と多いので、「え? 何で?」という声が聞こえてくるようだが、筆者個人の結論は、彼らが日本人である限り北海道の産業開発はムダだということ。ロシアにやってもらったほうが良い。なぜならば、北海道の地理的位置はトヨタ的な考えでは効率性に背馳するからだ。トヨタの人間は、国が補助金であの小島を100年生かしておくことは別に構わないと思っているが、自分らの生産システムにあの島が係わり合いを持つことは嫌うのだ。
そうだろうなと思ったのはトヨタのリコール報告を読んだことによる。
見るとこれは全部海外生産部品じゃないのかという感じである。ドライブシャフトにスタビブッシュにスプリング、典型的なもので、既にそういうものが日本車に多く入っているという意味だが。今のところ、リコール大王トヨタは苦笑しつつも大騒ぎはしていないようである。
ただ、このリコール物件、トヨタの上層部ではさほど気にしてもおるまいなと思えるのは、彼らの生産方式による。トヨタ自動車は大野耐一氏の創案した「ジャスト・イン・タイム(JIT)」に製造の基礎を置く。大野氏は日本が生んだ天才で、彼による「かんばん方式」や「JIT」に対する賛辞は筆者も浴びるほど聞いている。で、この方法で生産する場合、関連会社は近くにある必要がある。北海道から部品を運んだとして、要する日数は短くて1日、自動車工場の在庫は時間単位なので、これでは間に合わない。
海外生産の場合もこれは同じで、何も突然「海外部品」が揺らぎ出てくるわけではない。あったとしたら海賊版だ。これは現地に進出した組み立て工場のために生産された部品で、いずれ現地生産が本格化したら自家消費するのだから本土の生産とは余り関係がないという部品である。使えて儲けものという程度のもので、これは在庫とすら考えてはいまい。デルファイならジョイント工場のみを中国の奥地に作ることはありえるが、トヨタがこれをやるとは思えないこともある。トヨタのやり方は組立工場が進出したらそれと一緒に関連会社の工場も出て行くというものだ。
中国人やマレー人なら笑って済ませられる欠陥も、相手が日本人ならそうは行かない。その点でも北海道は不利だし、クルマが売れて売れて笑いが止まらないならともかく、国内需要は現在の国内工場で間に合っているのだから、これは日本とも外国とも付かない妙なポジションになることもある。トランスミッションは国内での付加価値の高い製品で、現地生産が一巡し、国内生産の需要がメインにシフトしていけば国内競争が激化し、地理的位置の不利から、これはいずれ撤退に追い込まれるのではないか。
北海道の場合、これに対するには組み立てラインの近くにJITに対応した自前の流通倉庫を確保した方が良い。類似のものは今はトヨタが肩代わりしているので、現時点では問題は顕在化していない。先の苫東のレポートを読むと、役人共には物流に対する関心が無いので、これはちょっと痛いなと感じている。
4.大きくなりすぎたトヨタ
今やトヨタはGMと並ぶ世界最大の自動車会社だけれども、年産1,000万台に近いその会社の様子はここ10年ほど迷走気味である。北海道への進出など大野耐一氏(元副社長)が存命なら賛成したかどうかは疑わしい。インスピレーションに富んだ氏の著書「トヨタ生産方式」(1978年 ダイヤモンド社)を読むと、これはことごとく背馳しているように見える。遠隔生産地に備えた物流拠点の確保すら氏は拒絶するのではないか。
現在のこの会社は利益を追求しているのか、メセナ企業を目指しているのか、国内企業なのか海外企業なのか分からないような感じになっている。苫東は30年も前から日本のガンであった。そこに進出したのも、これは政治的な理由で進んで泥を被る的なムードを感じるが、以前の同社ではありえないことである。
1,000万台の内実も6割が海外生産なので、トヨタの利益は日本の利益には繋がらない。関連会社と共に全世界に拠点を広げるこれは世界共通の自動車インフラと化しつつあり、例えばアメリカ向けは使うフレームも異なり、アメリカ人の技師が設計し、アメリカで製造するアメリカ車なのだから、これは日本にはほとんど関係のない仕組みになっている。現地生産が立ち上がり、数量が全量確保できるようになれば、ハンパな北海道工場の意義はますます疑問になる。差し引きマイナスになるような投資は企業活動とは呼ばない。これは慈善事業というのだが、今のトヨタならありえそうな感じである。
とはいうものの、今のクルマの生産方式はアウディが確立した方式、フレキシブル生産が主流になりつつあるので、そうなってくれば北海道製部品の物流拠点を確保する意味が無いとはいえない。現在のところ、北海道トヨタで製造されている部品はカローラ用4速オートマチックとかランドクルーザー用トランスファーギアというような旧式でどこで作っても大差ないようなもので、そんなものではなくて、もっと付加価値の高い部品を供給できるようになれば、これは本当に苫東の再開発に繋がるかもしれない。
今のトヨタで最も怖いのは余りものの海外部品の組み付けとリコールが恒常化し、北海道トヨタのような遠隔地の拠点では付加価値の低い部品の生産しか行われず、それでいて規模の経済で企業活動が存続してしまうことだが、そうなってしまえば、ムダを省いた大野氏のシステムは世界規模で巨大なムダを生むシステムになってしまうだろう。
5.最後はクルマ
結局最後はクルマなのだった。あるべき操縦性や安全性、品質の基準はほぼ世界的に統一されたが、嗜好性の高い商品で、個々のユーザーの好みに左右される自動車という商品は「世界統一仕様」というものは元々ありえず、メーカーが横並びで競争しているのが本来の姿なのかも知れない。
北米の高級車市場はほぼ横並びで、トヨタの発表にも関わらず、乗用車は各々10万台前後の販売で終始している。レクサスは受け容れられたが、それはGMがオイルショック以降苦慮してきた方向性、「ダウンサイジング」の流れに乗るものだった。全長198インチの乗用車は現在は各社が出しており、これは概ね各2万台程度で推移している。このハイエンド・アッパーミドル市場は従来のキャデラックやリンカーンの市場が遷移したものであり、割を食ったのはアメリカ車メーカーであるが、これは彼らの乗用車を考えれば仕方ないことである。結果として彼らが考えていた「ダウンサイジング」を実現したのは外国車メーカーだったのである。
引退したピエヒ博士は現在でもVWグループの実質的な統治権を掌握している。販売不振が原因で彼はVW会長ピシェッツリーダーを馘首したが、これはVWグループ内での彼の隠然たる影響力を示すものになった。後任はアウディ社長のヴィンターコルン教授である。VWはかつてのような単一モデルのメーカーではなく、高級乗用車「フェートン」からリッターカー「ルポ」までを擁するフルラインメーカーだが、アウディ時代の経験を踏まえ、飛躍的に品質向上した同社のクルマは現在の業界のベンチマークになっている。ほとんどのクルマがかつての80型以上の装備と品質を備えている。が、従来の簡素な大衆車のイメージを懐かしむ声も多く、メーカーとしてのアイデンティティの希薄化を懸念する声もある。
ダイムラーはGMの次に被害を受けたメーカーかもしれないが、見当はずれな合併劇や生産現場の混乱はほぼ克服したようである。しかし、受けたダメージは大きく、同社が本来の地位を回復するのはまだまだ時間が掛かりそうである。
6.レクサス日本上陸
2005年8月、鳴り物入りで「レクサス」が日本上陸したが、これは最初から何やら面妖なイメージが漂うものになった。当初のラインアップはGSのみ、ウィンダムもフラッグシップのLSも無く店舗をオープンさせた姿勢は疑問だったし、その後小型モデルのISやオープンカーのSCをラインアップしたが、案の定不振で、その年の内に畑違いの信大哲学教授の本で叩かれる事になったようなものであった(LSの予約は順調のようである)。
ここで平均単価が500万円、仕入価格8割(高級車は歩合は良い)で現在の平均である月15台とすると年間の粗利は1.8億、自販連の店舗あたりの平均的な経費が年間2億なので(供託金や店舗の減価償却をどう処理しているかは知らない)、ちょっといかんなあということになる。もとより高級車で販売台数も平均の半分以下だが、これは整備等サービスでフォローしてトントンというところだろうか。が、一年前にオープンしたばかりのレクサスに「修理」のニーズがあるとも思えない。
LSの投入効果もあって、今年は何とか年3万台に行きそうだが、新車効果も落ち着き、それまでの月13台のペースでは経費を圧縮しないと苦しいぞということになる。様子を見ると月10台でもおかしくなさそうなムードである。最も輸入車最大手のVWも一店舗あたりの平均は16台だが、これは中古車販売が同程度にあるので、月30台くらいにはなるはずである。
年間4万台のBMWはもっと良質な中古車市場を持っており、「認定中古車」は推定でもVW以上に売っているはず。新車は月18台。レクサスの中古車市場が立ち上がるのは当面先の話だ。LSの先代のトヨタ・セルシオは値落ちが大きかったため、クラウンと比べると過走行車が多く乗り潰す傾向があった。元々高価格車は年間200万落ちるなど値落ちが激しいが、現在のレクサスのラインアップは高価格車しか無いので、これは利鞘は大きいが販売政策上疑問を感じるところである。
北米での様子を見ても、現在のレクサスのラインアップは年間3万台も売れば大健闘というところである。つまり、不振な彼らは良くやっているのだが、問題はどうもその向こうにありそうな感じである。ESに代わるクルマは日本ではIS(アルテッツア)なのだが、このV6エンジンを積んだBMWモドキのスポーツセダンは同じ値段でぶつけては、3シリーズにまず歯が立たなそうなクルマである。
では、北米最量販車種、室内はLSよりも広いFF車ES(ウィンダム)を持ち込めばよいかというと、このゴテ飾りのカムリの市場は日本には無い。販売単価を下げるだけの話であり、今さらランドクルーザーでも無いだろうという感じがする。90年代以降の自動車の国際競争においては、トヨタは一線には立たず、ひたすら自車種の生産拡大と低コスト化に精を出していたように見える。ハイブリッドは見かけ以上に同社にとって重要な技術だ。なぜならば、他に他社に対する技術的アドバンスをこの会社は持っていないのだから。
レクサスについては、従来は挑みさえしなかった、価格と仕様で同等の自動車を作り、BMWやメルセデスに挑む姿勢は日本車が変わったものと受け取れるが、この辺の敷居が低くなったのが90年以降の自動車界の傾向であり、レクサスはその嚆矢である。顧客の目も肥えており、筆者はダイムラーC180を選ぶくらいなら型落ちのVWボーラを選ぶが、こういう比較が普通に行われるようになってしまった。自動車の全体的な水準が飛躍的に上がったためである。
レクサスとトヨタの行く末には不安を感じるが、中国でクルマの市場が爆発し、北極の氷が溶け出すに至っては、単にブランド競争と差別化ばかりとは行かないだろう。メルセデスの新型Sクラスはついに500馬力を突破し、同社のスポーツカー、重さ1.7トンのSLRマクラーレンは600馬力を超えるに至っている。羽を付けたら空を飛びそうな感じだ。ドイツでは自動車の最高速度は250キロにしようという自主規制が始まっているが、これに該当するクルマは今はザラにある。
70年代から現在に至る自動車の発達はこれまで述べたようなものだけれども、ここでは、これまで培ってきた技術を競争のためではなく、もっと人類の保全のために使ったならと思えるし、今後はそういう方向性を期待したいものである。
indexに戻る