キャプテンハーロック

考察(3) 作品の世界観

1.作品の地球連邦

 本作でハーロックが叛旗を翻している地球連邦政府だが、宇宙海賊に転向したくなるほどひどい政治をしている政府とはどんなものなのか、作品の描写から列挙すると以下のようになる。

<大規模災害・環境破壊>
 地球規模の問題に全く立ち向かおうとしない姿勢はあっぱれというほかないが、市民がそれを支持しているのは、環境税など負担を嫌ってのことと思われる。政府も財政の制約から一定規模以上の災害には一切対応しない「プロクルステスのベッド」的な運用が定式化している。

@大規模災害に無関心
 直径2キロものペナントが首都の中央に落下したというのに、挙手傍観するばかりで何らなす所がない。

A地球環境に無関心
 長年の乱開発と公害で地球環境は汚れ切っているが、大気を浄化しようとか、海を再生しようという試みは全く見られない。

<社会政策>
 批判的知性の根絶に異様な熱意を燃やす地球連邦である。ニュース番組がないことは地球上空でのマゾーンとの戦いが全くニュースにならなかったことでも分かる。また娯楽偏重は愚民化が政策の一部であることを示している。

B異常な娯楽の重視
 行政府はテレビ観戦でほとんど機能していない。また、ペナントの落下やマゾーンの襲撃でもゴルフ場の再建が真っ先に議題に上るなど、被災した市民を救援する姿勢は全く見られない。テレビは娯楽番組ばかりで、放送には催眠音波が流されている。

Cアカデミズムの窒息
 本作の学者は全てシビリアンである。スーツを着た学者はクスコ教授以外一人も出てこない。台場博士の天文台は国営ではなく私営施設である。大学らしい施設は全く見られない。テレビも教養番組、ニュース番組は放送していない。

<人権>
 切田率いる警備隊は秘密警察でもあり、マゾーン相手には全く歯が立たなかったが、異端者に対しては苛烈な取り締まりを実施している。裁判が極端に簡略化されていることは、Cで人文科学系の人材が払底していることもある。

D人権に対する軽蔑
 反逆罪の広範な適用と強制収容所がある。裁判は一審制で重大事件を除き対審は開かれない。懲役20年程度は行政罰で処罰できる。在監者の人権も保障されておらず、収容所作業での死亡事故も日常茶飯事である(バッド鉱山)。

<福祉政策>
 ここだけは評価すべきだが、衣食の提供は一般市民は必要十分程度で住環境は高層ビルの1Kが標準だが戸建てもある。政府関係者以外に自家用車を保有する家庭はまずない。一般向け医療も病院設備の老朽化で質は高くない。医療は無償で病院には診療費が国から給付されるが、その金額はかなり低く抑えられており、ドクターのように医師であっても生活に困窮する例が見られる。

E衣食住、医療の無償提供
 郊外が居住に適する状態でないため、連邦市民は都市に集住し、政府から衣食住及び医療を無償で提供されている。

<官僚機構>
 以前の警備隊は戦艦を伴う大部隊で銀河外縁のヘビーメルダーまで進出していたが、本作の時代では太陽系でも木星以遠にその姿は見られず、防衛出動に至っては地球に限られると大幅に規模を縮小している。腐敗についてはハーロックに襲われる輸送船に奢侈品が積まれているという描写で度々描かれる。

Fメリットクラシー
 試験による登用システムがあり、貧困家庭の子弟でも試験に合格すれば階級上昇のチャンスがある。比較的公平に運営されていたが、連邦政府の施政権が太陽系に後退するに伴い劣化が著しい。

G汚職及び腐敗
 政府の腐敗は深刻である。多くは環境の悪化に伴う経済の疑似共産化に伴うものと思われ、物資の横流しや搾取が常態化している。高官ほど腐敗しているため、政府の信用は地に落ちている。

<事件>
 台羽や有紀の少年少女時代はセーリングや海水浴などしており、少なくとも10年前までは環境破壊といっても住むに適さないほどではなかったと思われる。おそらく何らかの変化があり、地球環境は急激に悪化している。

H地球規模の急激な環境変化
 地球の環境は長期に渡り破壊されていたが、汚染が急速に進んだのはごく最近である。蓄積していた汚染物質がここに来て滲出したか、大規模な事故、急激な気候変動が生じたかがあり、近年は居住に適さない星になりつつある。

<エネルギー>
 エネルギー鉱石デュラリウムをエネルギー源とするアルカディア号の運用コストは現在の船舶に比べ極めて低廉と思われる。トチローはヘビーメルダーの開拓では原子力を利用しているが、惑星が破壊されなければより高効率の機関に切り替えたと考えられる。

I宇宙エネルギーの実用化
 原子力や反物質はすでに旧式で、宇宙そのものからエネルギーを取り出す次元流体機関が実用化されている。最終回で地球は被爆したが、豊富なエネルギーを容易に入手しうることから、復興は見た目ほど困難でないことが考えられる。政府の崩壊後、首相が一等地の買い占めを部下に指図しているが、これは行政システムが生きており、貨幣経済が通用しているということである。

2.総評

 ハーロックは松本作品にしては貧困の描写の少ない作品で、42話中貧困生活が描写されたのは25話のドクターしかない。後年の作品と比べてもこれは少なく、SSXではハーロックに見出された物野正は兄弟を貧困で失い、幼少の身でありながら賞金稼ぎを目指すが、本作の社会はそこまで荒廃していない。やはり連邦政府の福祉政策が充実しており、こと枠に嵌って生きる限り、催眠音波のテレビはともかく、これで何の不満があるのかという描写である。
 が、満たされた生活は、H急激な環境破壊とトレードオフであるようにも見える。都市部以外は居住に適さず、環境の急激な悪化は外惑星での生産活動のために地球資源を収奪していることが伺える。作品の連邦は食糧生産や工業生産を宇宙に依存しており、またその生産圏は以前は太陽系外にもあったものが、作品の時代ではほぼ火星までに限られている様子だからだ。
 おそらく以前に五カ年計画のような農工業を太陽圏に集約する政策があり、都市への集住と衣食住の提供はその代替条件として提示されたものだろう。1話で怠惰以外に取り柄のない首相が食糧自給率について「向こう50年間心配なし」と力説していることからも、これは政策の成功をアピールしたものと見られる。
 地球への富の集中と並行して、系外惑星については施政権を放棄、あるいは後退している様子が伺える。連邦軍は規模を縮小しており、またその質も以前より劣っている。外惑星は無法地帯となり、ハーロックなど海賊が拠点とし、連邦の福祉政策はこの地には及んでいない。作品の連邦政府と市民は満たされた生活に満足していると同時に極めて内向的、自己中心的である。作品で提示される技術の水準が極めて高いことを見れば、市民は高度文明にふさわしい政府を擁していない。
 市民が現状に満足している傾向は、政府が娯楽を提供することでより強められており、大規模な災害においても優先すべきはまず娯楽施設の再建である。娯楽への支持は政府関係者においてはほとんど信仰の域になっており、何を措いても優先されるべきものとされている。我が国でも東京オリンピックや大阪万博に同様の傾向を見て取ることができる。経済効果のほか、付随する利権が関心事だろう。
 人権に対する軽侮と広範な弾圧も特徴で、市民が自らの権利を毀損する政策に同意していることは、現在でいえばインフルエンサーの動員などで右傾化、全体主義的傾向が強いことが推認され、市民も官僚も「連邦すごい」で洗脳されているようだ。政府への賞賛はいきおい少数者、異端者の蔑視に向かい、名古屋入管スリランカ女性虐殺事件のようなことが規模を百倍にして行われても市民は顧みるところがない。裁判制度は一審制と大幅に簡略化されているが、これは制度を運営する法律家が養成されていないと見るべきだろう。当然、政治学者もいない。政治を批判しているのは理系の科学者である。
 ジャーナリズムはほぼ根絶されている。外惑星や地球上空でハーロックらがあれだけ激戦を繰り広げても報道するテレビ局は1局もなく、最終回まで市民は戦いについてほとんど知らされなかった。直近に爆撃機が来て初めて生命の危機を実感したのである。
 最後の戦いで政府が崩壊し、市民生活を支えてきたインフラも瓦解するに至った。宇宙からの輸送もマゾーンに輸送船やステーションを破壊されている。その後の地球につき作品は僅かしか語るところがないが、当座の間は、残された連邦の市民はないがしろにしてきた母なる大地に頼るしかなさそうである。



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