■第36話 「恐怖!機動ビグ・ザム」
脚本/松崎健一 演出/関田修 絵コンテ/ 作画監督/
あらすじ
ソーラーシステムによりソロモンに突破口を開いたティアンム艦隊は、主力MSのジムとボールを投入、ソロモン攻略の主戦場は要塞内部へと移っていった。Gファイターで出撃していたスレッガーは被弾して帰還。これを出迎えたミライに母親の形見の指輪を預けて再出撃する。苦境に陥ったドズル中将は自らビグ・ザムに乗り組んで応戦するが、ついに部下を脱出させたのち、連邦軍艦隊へ特攻することを決意する。
コメント
「地球連邦軍第三艦隊の宇宙要塞ソロモンに対する総攻撃はソーラ(レイ)システムにより一つの突破口を開いた」という永井一郎のナレーション。レイをかっこ書きしているのは、ナレーションではソーラレイ・システムと言っているが、連邦軍の方はソーラシステムという名前が本来だからである。ソーラレイ・システムはこの時点ではまだ出てきていない。間違えがちなので注意したいところだ。
35話はソロモン攻略の作戦が淡々と展開され、その中に、敗れ去る者(ハヤト、ドズル中将)の悲哀が織り込まれるという流れだったが、今回は撤退を決意し自らは死を賭して連邦軍に立ち向かう覚悟を決めたドズル中将と、その怨念のこもった戦いを受けて立つアムロ・スレッガー組との死闘を中心に描かれる。ある意味、ガンダムという作品を象徴する名エピソードの一つといっていいだろう。
被弾してホワイトベースに帰還するスレッガー機。心配そうなミライの様子に気づいたブライトは、彼女を下がらせる。
ソロモン要塞の防御を突破した連邦軍は、要塞内部へと侵入してゆく。そんな中、Gファイターを駆るスレッガーは左翼エンジンに被弾し、ホワイトベースへ帰還した。このとき、ブリッジでひとつのドラマが展開される。スレッガーの被弾を知って心配そうなミライの様子に気づいたブライトは、バンマス曹長を交代要員に指名し、彼女を下がらせるのである。。
ミライ少尉、戦闘中の個人通話は厳禁だが、
水臭いぞ、ミライ、君のことを見守るぐらいはこの僕にだってできるつもりだ
ブライト‥‥
君の気持ちはわかっている。が、僕はいつまでも待っているよ
カムラン騒動のときの、カムラン・ブルームを見る目つきで薄々と感じてはいたのだが、さりげなくブライトが自分の気持ちをミライに告白しているのである。しかも、彼はミライがスレッガーに惹かれていることも理解し、その上で自分の気持ちを伝えている。「何かと口うるさく、いつもイライラしている器の小さな男」というイメージの強かったブライトが、すこし大きく見えた瞬間だった。ちなみに、彼は「この僕にだってできる」と言っているくらいだから、多少は自分の器の小ささを自覚しているのだろう。
修理と補給を急がせるスレッガー、その間に待機ボックスで腹ごしらえをしていると、ミライがやって来る。ミライを見た彼は一旦背を向けるが、彼女の様子に気づいてその表情を二度見した。
スレッガーは、10分で修理するようメカニックマンに指示し、自分は待機ボックスでハンバーガーを食べていた。そこへミライが入ってきて、ん?と振り向く。
中尉。怪我はないようね
少尉、こんなところへ、どうしたんです?
よかった
少尉、やめましょうや。迂闊ですぜ
よかった、と涙ぐむ様子を見ただけで、彼女の気持ちを掬い取ってしまうスレッガー。先のブライトといい、戦地にある危機感がそうさせるのか、心の機敏に敏感に反応して大人な対応をする彼らの姿が今みても新鮮である。
スレッガーは「人間、若い時はいろんなことがあるけど、今の自分の気持ちをあんまり本気にしない方がいい」とミライの気持ちを受け止めた上で、一旦は引こうとする辺りもさすがである。しかし、結局はその思いを受けて、母の形見だという指輪を彼女に預ける。彼はミライに「俺は少尉の好意を受けられるような男じゃない‥‥世界が違うんだな」というが、まさにそれこそ、彼女がスレッガーに惹かれた理由だろう。船が揺れて体が重なった瞬間、二人の心も重なる。心憎い演出である。
死なないでください。出撃するために出てゆくスレッガーに呼びかけるミライ。振り向くスレッガーの眼差しは変わっている。母の形見の指輪を彼女に預け出てゆこうとするが‥‥
ソロモンでの激戦が繰り広げられる中、このスレッガーとミライとの別れの場面に、実に6分を費やし二人の思いが交錯する静かな場面を描く、というところに、この後に起こることの予兆がある。
ガンダムはソロモン内部へと進んでゆく。そこでは、始動したドズルの巨大モビルアーマー、ビグ・ザムが猛威を振るっていた。強力なビーム砲で、先行したジムとボール3機が一気にやられてしまう。しかも、この機体は、ビームを弾くのである。化け物? 確かめてやる、とアムロはビク・ザムを追ってゆく。しかし、ソロモン陥落を確信したドズルはそこにとどまることをよしとせず、この強力な兵器で一気に形成を逆転させようと一縷の望みをかけ、残存艦隊に敵の中央を突破させ、自らも要塞から出ていくのだった。
ソロモン内部に突入したジム・ボール部隊はビグ・ザムの猛威に恐怖する。ソロモン放棄を決意し、ビグ・ザムで撃って出ることを決意するドズル、一方ソロモンからの脱出カプセルを発見したマ・クベの艦隊では、カプセルに構わずいけ、というマ・クベにバロム大佐が苦言を呈する。
その頃、キシリアの命で支援艦隊を編成し、グラナダを出たマ・クベの船が脱出カプセルを発見していた。しましマ・クベはソロモンの戦況を気にして、脱出カプセルを見過ごそうとする。しかし、同乗していたバロム大佐はこう言って、マ・クベを説得した。
「失礼だが、マクベ殿は宇宙の兵士の気持ちをわかっておられぬ。このようなとき、仲間が救出してくれると信じるから、兵士たちは死と隣り合わせの宇宙でも戦えるのです」
こうして、ドズルの妻子は無事救出された。だが、その一方に、仲間のために死にゆくたましいも、あったのである。
ティアンム提督は残ったミラーを使ってドズルの残存戦力を潰そうとする。そこへ向かってくるビグ・ザム。ビームを弾く様子を目の当たりにし、アムロ、カイ、スレッガーは驚愕する。雨のように降り注ぐビームを浴びながらビグ・ザムは突進してくる。
やっぱり、ただ大きいだけのモビルアーマーじゃなかった
ミサイルしか効かないというわけか。
このままにしておいたら、損害が増えるだけだ
道づれに一人でも多く地獄に引きずり込んでやるわ
ビーム兵器が効かないと気づいたティアンム提督は、ミサイル発射を命じる。被弾したセイラはホワイトベースに帰還し、スレッガーの発進を見届けたミライはブリッジへと戻っていた。セイラ機を収容すると、ブライトはミライにホワイトベースの180度回頭を命じ、ドズルの大型モビルアーマーを追うよう命じる。ビームライフルにビームサーベル、主力兵器をビームに頼るガンダムに任せきりにはできない、というわけである。
ミサイル攻撃を支持するティアンム提督、ブリッジで彼だけノーマルスーツを着ていないのは艦とともに運命をともにする覚悟か。スレッガーはアムロに指を使ってサインを送り、アムロはその意図に驚く。
その二人の男の思いとは何だったのか。スレッガーの、この一言から紐解いていこう。
この一言! 私情は禁物よ。やつのためにこれ以上の損害は出させねえ。悲しいけどこれ、戦争なのよね
劇場版「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙」で、スレッガー・ロウ中尉はコアブースターに搭乗し、ドズルのビク・ザムに突っ込んでいく。そのイメージがずっと残っていたので、彼は「特攻」したのだと思っていた。だが、違うのである。スレッガーのセリフには、死の覚悟が滲み出ているために、その見方が定着してしまっているように思う。だが、そうではない。
そのために、スレッガーがアムロに示した「作戦」について、振り返ってみよう。
連邦軍の艦隊に向かって中央突破してくるビグ・ザムはビームを弾いてしまうため、ミサイルなど実弾兵器でなければ攻撃できない。ビームを用いるなら、その威力が減衰しない接近戦にもちこまなければならない。それに気づいたスレッガー中尉は、アムロのガンダムにサインを送る。両手の人差し指の先をトントン、とつつくように合わせて見せたのだ。
ドッキングして、Gアーマーで突っ込もうっていうんだな?
その意図を即座に理解したアムロは、スレッガーのGファイターと合体してGアーマーとなった。これで、Gファイターの装甲に守られつつ高速でビグ・ザムに接近できる、というわけである。見たところ、ビグ・ザムの兵器は前方腹部(?)にあるビーム砲だけなので、懐に飛び込んでしまえば攻撃されないだろうと考えたのだ。だおあら、アムロは「Gアーマーで突っ込もう」と言っているが、それは文字通り突っ込むこと、つまり体当たり攻撃という意味ではなく、懐に飛び込んで安全圏から攻撃を仕掛けるという意味であることがわかる。
ドッキング後、アムロはスレッガーにその意図を確認している。
しかし中尉、どういうつもりです?
つもりもへったくれもあるものか。磁界を張っているとなりゃ、接近してビームをぶち込むしかない。
あの指のサインだけで、そこまで意思疎通ができる、というところに、スレッガーというヴェテランパイロットに信頼され、作戦面で意志を共有できるようになったアムロの成長ぶりが窺える場面である。また、新参者でありながらホワイトベースの一員として溶け込み、年若いクルーらからも信頼されるようになったスレッガーの懐の深さも感じられる。
だが、次の説明で、アムロは彼の覚悟を悟るのである。
こっちのビームがダメなら、ガンダムのビームライフル、そしてビームサーベルだ。いわば三重の武器があるとなりゃ、こっちがやられたって‥‥
スレッガー中尉‥‥
こっちがやられたって、おまえがやれる。スレッガーはそう言いたかったのであろう。つまり、自分は犠牲になるかもしれない、と覚悟していたわけである。それを感じたアムロが思わず何か言おうとすると、言わせまいとして、次の一言を発するのである。
私情は禁物よ。やつのためにこれ以上の損害は出させねえ。
悲しいけどこれ、戦争なのよね
ここでは恐らく意図的に、その言葉を聞いたアムロに場面を戻すことなく、そのままGアーマーで突っ込んでいく場面に切り替わる。だから、アムロがその言葉をどう受け止めたかはわからない。だが、幾多の戦いを経てきたアムロには、「私情は禁物」の意味するところは、わかっただろう。危険なのは別にスレッガーだけではない。自分もまた、やるかやられるかの危険の中に飛び込んでいくのだから、むしろ、ぐっとその覚悟を黙って握りしめていたに違いない。
スレッガーはビグ・ザムの下から接近していった。接近したとき、一番攻撃がしにくい場所である。だが、彼らはビグ・ザムに接近戦用の飛び道具が装備されていることを知らなかった。ドズルの「対空防御」の声とともに発射された「爪」が、Gアーマーの機首に突き刺さる。それでも接近をやめず、スレッガーは近接距離からビーム砲を発射。しかし、Gアーマーはビグ・ザムの足に掴まれ、動きを封じられてしまう。
ビグ・ザムの「爪」がGアーマーの機首を貫く。その脚に掴まれてしまうGアーマーだが、アムロは近接からビームライフルを打ち込む。まだー!と叫びを上げるスレッガーだったが‥‥
まだー!
そのとき、アムロが装甲外にガンダムのビームライフルを出し、近接距離からビグ・ザムを撃った。ついにその巨大モビルアーマーは損傷を受けるが、Gアーマーのコクピット部は衝撃で弾け飛び、スレッガーは宇宙空間へ放り出されてしまう。
中尉ー! やったな!
アムロは、そのときスレッガーがやられた「怒り」を爆発させ、ビグ・ザムの噴射口にビームライフルを差し込んで一発撃つと、ビームサーベルを引き抜いて、その巨大なモビルアーマーの頭部へと、大きく振りかぶった。
コクピットごしに、切り掛かるガンダムを見たドズルは「おお」と声を上げる。
たかが1機のモビルスーツに、このビグ・ザムがやられるのか
そして、コクピットに装備されたライフルを手にすると、機外に出てその銃口をガンダムに向けるのである。
やられはせんぞ、やられはせんぞ、
貴様ごときに。やられはせん。
ジオンの栄光、俺のプライド。
やらせはせん、やらせはせん、
やらせはせんぞー
「私情は禁物」とスレッガーは言った。自分たちの命、という小さい損害を私情で惜しんで、大きな損害を出させるわけにはいかない、と。ドズルもまた、自らの巨大モビルアーマーをいわば「盾」にして、残存艦隊と兵士たちを生き延びさせようとした。だが、アムロが最後に見たものは、なんだったのか。そこに立ち上ってきたのは、争いのそもその元となった「私情」たる怨念、そのものではなかったか。
悲しいけど、これ戦争なのよね
スレッガーの言った悲しさとは、人々が抱く、相手の命を惜しむ、存在を慈しむ、自分の誇りを立てんとする、一人ひとりの思いが、戦いという暴風の前に、すべて押し殺され、吹き飛ばされていってしまうことではないか。
激闘の最後は、宇宙空間に広がる小さな光芒と、マ・クベの「ソロモンが、落ちたな」の一言で締めくくられる。一方、勝利したはずのホワイトベースにも、勝利の喜びは一片たりともない。
「ソロモンが落ちたな」マ・クベの言葉を聞いて、我が子を抱きしめるドズルの妻ゼナ。ホワイトベースのブリッジでは、アムロからスレッガーの死を聞いたであろうミライが涙していた。
嘘って、嘘だって言えないのね、アムロ。
そう言って涙するミライ、戦友を失った悲しみに沈むクルーたち。戸田恵子の歌う挿入歌「いまはおやすみ」が流れる静かなラストには、戦争のもたらす悲しみがだけが、満ち溢れている。
<今回の戦場>
宇宙要塞ソロモンとその周辺空域
<戦闘記録>
■地球連邦軍:ティアンム艦隊はモビルスーツ部隊をソロモン内部に突入させるが、動き出した巨大モビルアーマーの攻撃で大きな損害を出す。グラナダから支援艦隊が派遣されていることを把握したティアンム提督は残存戦力をソーラーシステムで潰すが、特攻してくるビグ・サムはスレッガーとアムロの連携攻撃によって辛うじて撃墜され、勝利を収めた。スレッガー・ロウ中尉戦死、その他戦死者多数。
■ジオン公国軍:要塞内部にまで入り込まれたことから、ドズル中将はソロモンを放棄することを決意。兵を脱出させるとともに、残存戦力を率いて自らモビルアーマー、ビグ・ザムで出撃しティアンム艦隊の旗艦を狙って特攻をかける。だが、スレッガーとアムロの連携攻撃によって撃墜された。ドズル・ザビ中将戦死、ソロモン陥落。
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