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An another tale of Z

 SF小説”An another tale of Z” 解説

旅に出よう、夢と現実が出会う地平をめざして     文・イラスト/飛田カオル

 前作の焼き直しのようなストーリーの中で、仮面の亡国王子は素顔をさらし、すぐに手がでる暴力的な主人公に殴られて涙を流すつまらない大人になっていました。主人公の少年が乗る船は、無難な落としどころを探し求める大人たちの、人生の難破船のようでした。「夢見がち」な衣をはがれた登場人物たちは、ぎすぎすしてやるせない物語世界の中で、現実味のないアイコンのような存在になっていました。
 前作にあった少女マンガ的ファンタジーを削り取ってしまったこの物語は、あまりにも救いがたい展開を見せ、最終的にもっとも「リアル」とかけ離れたもの…死んだ人間の霊魂が主人公に憑依して戦うという、オカルト世界に足を突っ込まざるを得なくなってしまいました。そして、このぎすぎすした現実とオカルト的世界の融合が、のちのガンダムシリーズの一つの型になっていきます。「UC大河小説」と称するシリーズ最新作「機動戦士ガンダムUC」も、この路線の延長線上にある作品です。そこには見るも無惨な、使い古された型の残骸だけが横たわる、虚無的世界が広がっています。

 小林昭人さんの小説『An another tale of Z』がネット上に掲載されたのは、もはや反論することさえ忘れられていた二〇〇五年。ガンダムシリーズが完全に行き詰まりを見せていたときでした。彼はその行き詰まりの原因を『機動戦士Zガンダム』の作風に求め、シリーズ第一作『機動戦士ガンダム』以降取り去られてしまった〈現実と夢の狭間にある地平〉のある世界観を受け継いで、新たな世界観を構築してきました。そして『機動戦士ガンダム』当時には・明らかにされていなかった・宇宙世紀の全世界を舞台に、壮大な物語を展開することに成功したのです。
 SF的・科学的考証に支えられた「リアル」なその世界は、しかし一方で「夢見がち」な香りのするファンタジーをも、しっかりと踏襲しています。主人公のマシュマー・アマデウス・セロは頭脳明晰な司令官、パイロットにして銀行家の父を持つイタリア貴族。しかも礼儀正しさと繊細なハートを持ち合わせた大人の男性です。そしてヒロインのハマーン・ソド・カーンは黒地に金モールの軍服、そう、あの私たちの愛してやまなかったジオン公国の軍服に身を包んだ美しく気高い皇女。かつては復讐心に燃えていた亡国の(元)王子、シャア・アズナブルも、しっかりとその仮面に顔を覆ったまま、ニヒルを装った策士として登場します。
『機動戦士ガンダム』から三十年。「少女マンガ的」ファンタジーで少年少女を魅了したその世界からファンタジーが奪われて、シリーズは失速していきました。宇宙を飛ぶには、ただ科学技術だけでなく、夢の力が必要です。本作では、少女マンガからさらに昇華した、大人の男のファンタジーをちりばめながら、宇宙を駆ける壮大なストーリーが織りなされていきます。
 今ようやく本作によってその手に取り戻した〈夢と現実が出会う地平〉を目指して、無限の可能性に満ちた、もう一つの「宇宙世紀」の世界へ旅に出よう、新しい息吹を与えられたキャラクターたちとともに…。

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