魅惑のキャラクターにパーソナリティを注ぎ込み、 もう一つの「Z」の世界へ
一見魅力的に見えるZガンダムのキャラクターを「恋愛」という視点で言動から性格や内面を分析して創り上げた、私の「恋愛プロファイリング」。これと同じ視点から、この魅力のキャラクターのあるべき姿を掘り下げ、息を注ぎ込んで原作をはるかに凌駕する「もう一つの続編」の世界を創り上げたのが、小林昭人さんの「An another tale of Z」です。
「An another tale of Z」はファーストガンダムの続編として制作された「機動戦士Zガンダム」のストーリーをリセットし、ファーストガンダム後の世界を再創造した作品です。
ここではガンダムを代表する人気キャラクター、シャア・アズナブルの例を見ながら、その「再創造」の手腕を見ていくことにしましょう。
シャア・アズナブル編
■ファーストのシャアは、冷酷かつ現実主義の戦略家だった
父を暗殺したザビ家に復讐するために、素性を偽ってジオン公国軍に入り、モビルスーツのパイロットとして頭角を現したシャア。弱冠二十歳にして少佐になったのも、軍の上層部にいるザビ家の面々に近づくための方策でした。復讐=ザビ家一族の殺害を狙っているのですが、自ら手を下せばその地歩を失ってしまう危険も孕んでいます。そんな彼の取った手段は「奸計」でした。手始めに、彼は親友だったザビ家の末弟ガルマを死に追いやりますが、彼がしたことといえば、罠を仕掛けて敵である連邦軍の戦艦ホワイトベースの総攻撃を受けるよう仕向けることだけでした。その結果ガルマは、自ら特攻してその命を失ったのです。
次の注目場面はそんなガルマの国葬。デギン公王、ギレン総帥、ドズル大将、キシリア少将と,ザビ家の一族郎党が勢揃いしたこの機会、テロでも仕掛ければ一網打尽にするチャンスでしたが、彼は呑気に酒場でグラスを傾けていました。そうです。暗殺、という意味での復讐はシャアの究極的な目的ではなかったのです。彼は怨恨にとりつかれた狂信者ではありませんでした。ザビ家による独裁体制崩壊後の新生ジオンで生き残り、相応のポジションを得て戦略家として実力を発揮することこそが、本来の目的だったと見ることができます。
彼が自ら手を下したのは、敗戦が確実となった後ア・バオア・クーから脱出を図ったキリシア・ザビだけでした。最小のリスクで最大の結果を出した彼の「策士」ぶりこそ、彼の原点といって良いでしょう。
■アイデンティティを削がれた「続編」Zガンダムのシャア
そんなファーストでの「策士」ぶりから考えると、Zでの彼の変貌には首を傾げざるを得ません。せっかくザビ家を倒したのに、なぜかジオンに返り咲かずに、今度はクワトロ・バジーナの変名で連邦軍に潜り込んでいます。ザビ家は倒した、次は連邦政府だ!というわけです。いつから彼は、チェ・ゲバラのような純粋な革命家になったのでしょうか。不思議です。で、反連邦政府組織エウーゴに身を投じたはいいものの、そこでバレバレなのにも関わらずシャアであることを否定し続けてどんどん人望を失っていったのでした。
私など、あまりにもファーストのシャアと人格がかけ離れているので、この人はクワトロ・バジーナが本当で、「自分はシャア」と思い込んでいる誇大妄想の男にすぎないのではないかと疑ったくらいです。彼は前作で描かれた人物像を、まったくといっていいほど受継いではいませんでした。
問題は、本来描かれてしかるべき彼のファースト「後」の生き方に、作中でまったくといっていいほど触れられなかったことです。なぜ、ジオンを離れて連邦に身を潜めたのか。なぜ変名を名乗るのか。エウーゴ参画の動機は。設立にも関与していたのか。ティターンズと戦う目的は。最終的には何を目指しているのか。そうしたことは一切描かれず、ただ、一年戦争時は「赤い彗星」と呼ばれた、というだけの薄っぺらい男になっていました。
■ATZのシャア・アズナブルーー本来の彼はファースト後の世界をどう生きるか?
「かつてシャアと呼ばれた男」。あのガンダムの人気キャラが、それだけのアイデンティティしか持たない男に貶められてしまったZガンダム。その作品をリセットして、ファーストガンダムの最終回、不敵な笑みを浮かべてキシリア・ザビにバズーカを放ち、姿を消した彼が「その後」をどう生きているのか、を描いたのが本作です。
「敗戦の責任を誰に取らせるかは別論として、敵の戦法はそう目新しいものではない。一年戦争時に私が木馬に試したものと同じだ。あの時はザク二機が未帰還になっている。危険な宙域における、危険度の高い戦法だ。まさか同盟にそれをやる指揮官がいたとはな。」
そう話したのはシャア・アズナブル大将、ジオン艦隊副司令官で、木星には視察に来ていた。グワバン撃沈はその矢先の出来事である。相手はヤーウェ基地司令官オネスト少将、シャアに取っては部下にあたるが、年齢ではシャアの方がずっと年下に見える。(第二話「運命の二人」より)
→各話紹介第2話「運命の二人」
本作のシャアは、ファーストの頃からトレードマークになっている仮面姿に赤の軍服というおなじみの姿で姿を現します。しかも階級は大将、地位はジオン艦隊副司令官!一年戦争後、失踪するどころかジオンでしっかりと立身出世を果たしています。
独裁者ギレン総帥亡きあとのジオンを統治するのは、戦争前、ギレン独裁体制が固められた当時総帥の意に従わないと見られて左遷されていた首相マハラジャ・カーン。戦後はザビ家の威光が形骸化し、むしろマハラジャの権勢が高まっていたジオン公国にあって、国父ジオンの遺児であり、一年戦争の英雄でもあるシャアは、このマハラジャ体制の下で堂々と地位を築いて生きています。それどころか腹心アルトリンゲンを従え、その立場を利用すればまだ幼少のミネバや若年のハマーンを差し置いて最高権力の座を奪うことさえ可能な存在となっています。
カオルのひとこと
一年戦争の時と変わらぬおなじみの白いヘルメットにマスク、そして真っ赤な軍服に身を包んだシャアが姿を現したとき、「ああ、やっぱりこれがシャアだよね」と素直に納得してしまった私。シャアがシャアとして生きているという事実に、思わずニヤリとしてしまいました。それは単に、あの彼がそのままの姿で帰ってきた、というだけを意味しません。辺境に追いやられた残党ではなく、あの大戦を巨大国家地球連邦と対等に戦い切ったスペースコロニーを代表する国家としてジオンが存続し、今なお脅威であり続けるというその世界がここに広がっているということに、感動してしまったんですね。
「キャスバル、知っての通り、ハマーンは皇位継承順位第一位だ。公王にという声もある。その姫君のスキャンダルとして、これは格好の話だと思うがね。脚色など情報部の私ならいくらでもできる。マハラジャはもう歳だし、ハマーンを失脚させて処刑すれば、ザビ家は事実上崩壊、国民も精神錯乱(ガイステスフェアヴィルング)から覚め、君の長年の願望も叶うことだろう。」
「アルトリンゲン、一年戦争でキシリアに手を下した時、私も一五年続いたザビ家はもう終わったと思ったよ。しかし、公王制(ヘルツォーク)は終わらずに、さらに一三年も続いている。三〇年近くの歳月はムンゾ自治共和国の国民をそれに慣れさせてしまった。マハラジャやハマーンを倒しても終わらんよ。それは単なる権力抗争にすぎん。」(第六話「エウロパの休日」 腹心アルトリンゲンとの会話)
→各話紹介第6話「エウロパの休日」
一年戦争当時は弱冠二十歳で、若々しい野望にその瞳をきらめかせていた彼ですが、それから12年後の彼は、野心家というよりむしろ飽くなき権力闘争に対して一歩引いた位置に自分を置いて、諦観しているようにさえ見えます。しかしマハラジャとの権勢のせめぎ合いの中で、彼が本当に自分の才覚によって生きる道ーーかつて「赤い彗星」と呼ばれた男として実戦に飛び込んでいく方向へと導かれてゆくとき、仮面姿で再登場した時以上に、この胸の鼓動が高まったのでした。
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