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An another tale of Z

 SF小説”An another tale of Z” 各話レビュー

第38話「投資家ヴァリアーズ」

◇現代〜0098・サイド2内戦
タッキード社は北米サン・ノゼに本拠を置く巨大航空機メーカーで、モビルスーツへの転換に乗り遅れ、後発のノースウェスト社の後塵を拝するようになっていた。そんな状況から脱すべく開発されたのが、長距離航行が可能で、可変機構を持つ攻撃用モビルアーマー「アッシマー」である。ティターンズに配備され、ジェリド、マウアー、ヤザン、ラムサスなどが搭乗して、サイド2宙域で繰り広げられるオーブル対正統政府の内戦介入に参戦している。防衛協定を結んでいたクロスボーン・バンガードを失い、窮地に立たされていたティターンズを救ったのはソロモンの企業家ヴァリアーズであった。ティターンズのスポンサーとなった彼は、金だけでなく作戦にも口を出すようになり、指揮官のジャマイカンを飛び越えジェリドに軍事作戦について指示する。一方、エウーゴの支援を受けたオーブルのバンベドフ将軍の下には、「クワトロ・サーカス」の一員アポリー中尉の率いる小隊が到着していた。コロニー「アルカスル」のロブコフ高地での戦いに備える彼らだったが、サイド2宙域ではモビルスーツ隊が出払った戦艦ラーディッシュがティターンズの攻撃を受け、危機的状況に陥っていた。別働隊としてカラバの戦艦ロンバルティアにいたクワトロは、ハヤトの命を受け、ラーディッシュ救援へと急ぐ。

◇現代〜0098・アリスタ/ソロモン
DCキメコ社はソロモン共和国の企業で、労働者の賃金の安いアリスタでバッテリーや水素自動車のパーツなどを製造している。工場で働く従業員の雇用契約は1ヶ月更新、低賃金で長時間労働を強いられる従業員は、意にそわなければ会社の雇った私設暴力組織のリンチを受けるという、極悪な労働環境に置かれて苦しんでいる。ビリニュス大学出身のヨシフ・カーゾンもそのうちの一人であった。このDCキメコ社の持株会社、ヴァリアーズ・ルウム・ファンドを統率する企業家ヒューゴー・ヴァリアーズはある日、ソロモン国防省を訪れる。そして国防長官や作戦部長のマシュマーを前に、クロスボーン・バンガードを敗北させながら、フロンティアを占領しなかったことで企業進出の機会を逃した、と彼らを詰問する。やがてDCキメコ社でヨシフらが暴動を起こすと、この件でソロモン政府に補償を要求するのだった。情報部長のハウスから、他国で奴隷労働を強いて価格競争で優位に立ちつつ、各国でトラブルを起こしているヴァリアーズ・ルウム・ファンドの実態について報告を受けたリーデル首相は、政治家としてこの企業家と対峙していくことを決意する。

【この一文!】
「ヴァリアーズは危険な男ですわ、ヘンケン艦長。」
 ティターンズに新型モビルアーマーを提供したソロモンの資本家について、レコア中尉がコメントする。
「なぜ奴はそんなに金を持っているんだ。」
 サイド2のみならず、ジオンの企業を買収し、ソロモンの政治に介入している資本家についてヘンケンが尋ねた。
 艦長の質問にレコアは少し笑った。
「年金とか保険とか、出資者が運用の中身に関心がなく、利息だけが問題の商品があるでしょ。小さな会社だったけど、最近、連邦の退職者年金の一部を取得し た。その利ざやでガイアで戦争しているという話ね。確かに統一ガイアには大きな経済的ポテンシャルがある。でも、人民主義のオーブルが勝つシナリオはダメ、彼は自由主義者なのよ。」
「いくら自由主義だからといって、戦争を使嗾して良いということはない。それは背徳的だ。」
 ヘンケンが言った。ビジネスマンが戦争を行うという感覚が、どうにも理解できないものがある。
「正統政府が統一したガイアで彼は大きな発言権を手にしたい。経営不良で半ば腐り掛けたジオンの会社、ジオニック社とかツィマッドとかの技術を買い叩き、ガイアの安い労賃を使えば、きっとルウム以上のポテンシャルがあるわね。内戦が終われば、人も戻ってくる。」
「おそらくな。」  


▼ティターンズのスポンサーとなって戦争に介入してきた企業家、ヴァリアーズ。エウーゴのレコア中尉は、ラーディッシュ艦長のヘンケン・ベッゲナー大佐にその危険性を指摘する。ソロモン共和国軍がクロスボーン・バンガードを叩いたものの、彼らのコロニーを占領することなく、連邦軍の進出をゆるしたことを、自社の経済活動の機会損失と見た彼は、一旦サイド7のコロニー「グリプス」の本拠地まで後退していたティターンズに“投資”し、彼らは再びサイド2ガイアの内戦へ介入を始めている。ヴァリアーズの目的は、統一後のガイアにおいて、低賃金で働く労働者を確保し、自らの経済的ポテンシャルを更に高めることであった。自社のあるソロモンが動かないと悟ったヴァリアーズは、お似合いの相手を見付けたのである。しかし、そうしたヴァリアーズの悪辣なやり方を知りながら、そのままにしておくのはリーデル首相の主義ではない。オーブルにエウーゴが、そして正統政府にティターンズがついて激しさが増すガイア内戦だが、その背後では、企業家対政治家の資本と法とをそれぞれの武器にした戦いが、これから繰り広げられてゆく。

第39話「インケイパブル・タックス」

◇現代〜0098・アルカスル/タイロン
危機に陥った戦艦ラーディッシュを救援するため、アルカスル周辺宙域へ猛スピードで向かったクワトロは、ラーディッシュを砲撃しているティターンズのハイメガランチャー部隊をあっという間に片付け、戦域へと突入していく。そこではジェリド少佐がラーディッシュを撃沈すべく、対艦ライフルの照準をあわせていた。しかし機器の故障が発覚し、ジェリドは後をマウアーとヤザンに任せて戦線を離脱してしまう。クワトロに応戦するヤザンは、僚機を操るマウアーの技量に舌を巻いた。しかし戦艦攻撃は失敗に終わり、彼らはロブコフ高地での地上戦へと向かう。タイロンのティターンズ基地では、企業家ヴァリアーズが企業合併に、そして対オーブル作戦にと采配を振るっている。しかし作戦室でジェリド隊の撤退を知った彼は、ビジネスほどには思い通りにいかない軍事作戦にイラついていた。ロブコフ高地への降下作戦も、思うようにオーブル軍の背後に回り込むことができず、苦戦を強いられそうな状況である。ヤザンから、ヴァリアーズがティターンズをオーブルと戦わせる理由について聞かされたジェリドは、勝つ事よりも苦境にある隊員たちの救援を優先させようと誓うのだった。

◇現代〜0098・アリスタ/ソロモン
ヤクルート社で販売員を務めているオーブル工作員のカガリナは、社長のマルコから、ソロモンの試用者保険制度についての説明を聞く。雇用者が試用期間中に中途退社した場合など、会社が雇用者に対して行った投資と収益との差額を保険金として請求できる仕組みである。仕事を終えたカガリナは社長のすすめで労働局を訪ね、税金から出資して設立されるエルピー・プル社設立準備室を見学。それが自由競争を促進するためにソロモンが行っている事業であることを知る。
一方、DCキメコ社で起こった暴動は労働組合と暴力団の抗争に発展していた。組合側はストを決行するが、会社側はロックアウトでこれに対抗。ヨシフ・カーゾンらはロックアウトに対する対策を協議し、裁判所に労使交渉を求める仮処分を申し立てる。この労働争議の報告を受けたリーデルは決意も新たに記者会見に臨み、ヴァリアーズの横暴に対する措置として「経営懈怠税(インケイパブル・タックス)」の導入を発表するのだった。

【この一文!】
「自由主義とはいっても、すべてを神の見えざる手に任せるプリミティブな自由主義は我が国では採用していない。自由を実現するために、精密な制度を構築して運用しているの。でも、最近はそうでない主張もあるみたいね。」
 彼女はヴァリアーズ社の話をした。ソロモンの企業家であるヒューゴー・ヴァリアーズは労働局を初めとするソロモンの制度を人民主義的と批判している。現在の過剰な社会保障政策を廃止すれば国民の購買力は三〇%向上するという同社の宣伝はカガリナもテレビで見たことがある。
「購買力が三〇%向上? フン、バカバカしい。彼の言う通りにしたら商品の価格は三〇%下がっても、国民所得は五〇%以上下がるわよ。まともな人間は相手にしないわ。」
 彼女の言葉によれば、資本主義社会においては仕事を作るのも政府の仕事だという。それが無差別曲線を右上にシフトさせ、社会全体の効用を高め、資本主義の弊である無情な景気後退の荒波から共同体と国民を救う唯一の方法なのだ。スベトラーナ・コワルスカヤ女史はマルティン大学を修了した経営学修士の才女で ある。
「軍事と外交は除くとして、税金というものに他に有益な使い道があるのなら、ミスター・ヴァリアーズ、こちらが教えてもらいたいくらいだわ。」
 彼女はそう言い、カガリナの肩を小突いた。


▼ソロモンに本拠を置きながら、投資環境の未熟さを利用するためジオンに進出し、より安い労働力を求めてサイド2では内戦にまで介入している企業家、ヴァリアーズ。彼が是とする自由主義は、さながら自分の利益のためにはどんな手段も許される、と言わんばかりの自己中主義である。しかし、ソロモンという国家が是としている自由主義は、本当の意味での自由を実現するために制限を課するもとも辞さないというものであった。その対極にある人民主義の国から来たカガリナにとっては、そのすべてが新鮮な驚きであったに違いない。労働局で出会ったコワルスカヤ女史は、そうとは知らず、ヴァリアーズが「人民主義的」と批判したソロモンの制度について解説しているが、それは同時に、私たち読者に対する問いかけでもある。本当の自由を実現するために、それぞれが立場に応じて引き受けなければならない責務がある。他人の自由を踏みにじって得た自由に、一体どれほどの価値があるのか、と。

第40話「マウアー・ファラオ」

◇現代〜0098・グリプス/ニューヨーク
グリプスのティターンズ本部に戻ったヤザン・ゲーブル少佐は、ティターンズ学園の図書館でマウアー・ファラオの資料を調べる。彼女はタイタン出身で別名エカチェリーナ・エルミローヴァ。著名な宇宙飛行士の父とともに幼いころから宇宙飛行レースに参加し、美少女宇宙飛行家としてその名を知られていた。ヤザンはそんな彼女がタイタニア警備隊員としてティターンズとの戦いに参戦し、戦死していたと思われていることを知る。その後、グリプスのホテルで地球連邦のスヴェッソン検事と面会したヤザンは、彼の求めで、ある事項について証言する。それはエウーゴによるジャブロー核攻撃事件と、マイノル大統領死亡事故とを結びつけるものだった。

◇タイタニア戦争後〜0094年・同盟土星派遣艦隊/カレンツィオ
ティターンズとの戦いで壊滅的な被害を受けたタイタニア共和国のタイタン採掘コロニー群。タイタニア警備隊員だったマウアー・ファラオは、同盟艦隊が率いる避難船団の輸送船に乗り、地球圏へ向かっている。しかしその途上でタイタニアは解散、国家が消滅し行く先を失った150万人の避難民を抱えたまま、同盟艦隊は木星圏のオメガ基地で足止めを食らうことになった。艦隊司令のマシュマーは、戦闘に関してはプロフェッショナルだが、執政官としての経験はゼロ。過剰な人員のため船の環境システムの維持さえ危機的で、傷病者や乳幼児を多数抱えた避難船団では、日に日に死亡率が高まっていく。そんな中、思わぬところから救援の手が差し伸べられた。アステロイド・ベルトにあるジオン公国の補給基地、ヨーマ・カレンツィオで、司令官のオネストが本国からマシュマー救援の命を受けていたのだ。オネストは避難船団救援と引き換えに、ある条件をマシュマーに提示する。それは、すべてを失ったタイタニア避難民の頼みの綱を奪うものだった。苦悩するマシュマーだが、避難民を救うために他の手はない。無情にならざるを得ない司令官の横顔に、マウアーはえも言われぬ冷たさを感じるのだった。

【この一文!】
「ほぎゃあ! ほぎゃあ!」
 これが赤ん坊か、気を失った母親の代わりにマウアーが生まれたばかりの赤子を抱き上げ、ガーゼで血を拭った。とても人間のようには見えない。それでも、小さな生命の誕生に彼女は新鮮な歓びを感じていた。傍らでは助産婦が眉をしかめている。こんなになるまで放っておくなんて、なんてこと。
「こうやってやるのよ、次は頼むわ。出産を待っている胎児はここには一日五〇人もいるのよ。全く、忙しいったらありゃしない。」
 助産婦の指示でマウアーは乳児を臨時のゆりかごであるF・レーションのケースに大事に収めた。出産のショックで昏倒した母親の女性を別の看護婦が担架で運びだしていく。
「グズグズしないこと! 次のロアス夫人を連れて来て!」
 ロアス夫人を捜しにマウアーが廊下に出ると、別の病室から布を掛けられた遺体のようなものが運び出されるのを見た。これはタイタニアの推定年齢八〇歳の 老人で、身寄りもなく、衰弱して輸送船の隅にうずくまっているところを保護されたが、病院船に運び込まれた時にはすでに手遅れだった。生と死、二つの異な る光景を同時に見たマウアーだったが、感慨に耽っているヒマはなかった。見ると、彼女の前に同盟軍の将官の肩章を付けた長身の男が呆気に取られたような顔 をして立っている。臨時病院船アクロポリスの通路はごく狭い。
「どいて! ここは病院なの!」
 マウアーはその男を突き飛ばすと、廊下にいたロアス夫人に声を掛けた。


▼第一部の最後で描かれた、タイタニア十日間戦争の「その後」、これまで決して語られることのなかったマシュマー・セロの苦渋の日々を、私たちはここで垣間みることになる。失われた故郷を追われ、難民となって輸送船団にすし詰めにされたタイタニア市民。彼らを守り切れなかったタイタニア警備隊員として、どん底に突き落とされた状態にいたマウアーは、生と死とが交錯する病院船の中で、それでも生き続け、新しい命を取り上げ続ける人々の中に小さな希望を見出す。それとは正反対に、呆然と立ち尽くす長身の将官。マウアーはその男が誰かをこの時は知らずに突き飛ばしたのだろうか、それこそマシュマー・セロその人であった。遠い立ち位置にいる二人の、一瞬の接点はそれぞれの心に何を留めただろうか。そして次にめぐってくる接点があるとすれば、それは何を意味することになるのだろうか。

第41話「外惑星にて」

◇現代〜0098年・木星圏/グラナダ
スヴェッソン検事による調査は、ジャブロー核攻撃事件の際に残された金属片の分析に及んでいた。ソロモンのプラント&キーゼ・エンジニアリング社に持ち込まれた金属片の分析結果は、検事を驚かせるものだった。
ハマーン一行を乗せた専用船ラ・コスタは木星圏に到達していた。ハマーンはイオに、ジュグノーはエウロパに立寄り、外惑星開発の過去と現在に思いを馳せる。その頃、ハマーンの義弟グレミーは、思いを寄せる地球連邦MCVの人気キャスター、ルー・ルカの来訪に逆上せ上がっていた。その裏で、ゴットンらは次なるクーデターに向けて誓いを立てる。

◇タイタニア戦争後〜0094年・同盟土星派遣艦隊/ズム・シチ
避難船団を率いた同盟軍艦隊がオメガ基地に停泊して一ヶ月以上が過ぎていた。ジオン軍のヨーマ・カレンツィオ基地の支援で避難民の居住環境は改善されたものの、いつ終わるとも知れない避難生活に、タイタニア市民の不安は募る。そんな中、海賊被害も出始めたことから同盟軍、ジオン軍はタイタニア警備隊員の協力を得て彼らにモビルスーツを貸与し、海賊退治に乗り出すことに。マウアーもその一員として同盟軍のガリバルディβに搭乗する。
一方、ズム・シチではマハラジャがシャアの動向について情報部長のアデナウアー中将から報告を受けていた。彼は赤のノースリーブに黒いサングラスというシャアの出で立ちに眉をひそめるが、連邦の要人と接触しているシャアの行動は黙認。オネストがマシュマーから買い叩いたエチレンの売却益が工作資金として流れるよう、アデナウアーに指示する。
中東で起きたエチレン精製施設の火災事故を知ったマシュマーは、エチレン価格の高騰が予想される中、ますますタイタニア避難民からの恨みが募ることを危惧していた。さらに外交交渉が進展し、同盟、連邦、ジオンの三国が難民受け入れを決定。マシュマーは難民の行く先を「くじ引き」で決める提案をすることとなり、のしかかるリーダーとしての重責を実感する。

【この一文!】
(思い出話はもういい。)
 補給のために立ち寄ったグラナダで、マウアー・ファラオ大尉は持参した花束をレオンチェフの墓前に捧げた。空っぽの墓、共同墓地にあろうがエウーゴ墓地にあろうが同じことだろうが、残された者の気持ちはマウアーも含め、おそらく異なる。ミハイルは父の名でもある。たった三年の間に、マウアーは大事な二人のミハイルを失った。
「こんな感じで良かったのかしら? あなたに言われた通りにレオンチェフさんのお墓を建てたのだけど。」
「良いと思いますわ。」
 一緒に墓参したローズ夫人にマウアーは答えた。エウーゴに入隊するまで半年ほどの間、彼も夫人の店で洋服の配送を手伝っていたことがある。
「とても良い人で、将軍(ジェネラル)らしい人だったわ。」
 夫人の言葉はともかく、レオンチェフにとって悪かったのはその後なのだ。ジャブローで彼は名誉の戦死を遂げたはずなのに、一年も経たないうちにエウーゴは彼の階級を剥奪し、死んでいるのを良いことに、マウアーから見れば冤罪としか言いようのない核攻撃計画の主犯に仕立て上げ、まるで追い払うかのように軍人墓地から共同墓地に彼の墓を移した。スペースノイド自治運動という彼らのスローガンは正義なのかもしれないが、やっていることはこれである。
 狡猾(ガイル)、欺瞞(ディセプション)、保身(シェルター)、そこには故レオンチェフが憎んだ、あらゆるものがあった。


▼外惑星へ向かうハマーンの旅、そして外惑星から戻るマシュマーの旅。2つの旅路の中で彼らが見た様々なピースが、外惑星の星々のように、物語の外縁に散りばめられている。ピースを一つひとつ寄せ集め、物語につなげていくのは読み手に任されられた心躍るレッスンのようでもある。タイタニアからの辛く長い旅路を振り返ったマウアーの思いの中に、彼女が見た、そして読み手がたどりつつ集めたピースの一つひとつがまとめられてゆく。レオンチェフが憎んだという狡猾(ガイル)、欺瞞(ディセプション)、保身(シェルター)。しかし時に狡猾であり、自己欺瞞に陥り、自己保身に走った人々には、彼女には見えない別の風景が見えていたことも確かである。

第42話「遠雷」

◇現代〜0098年・ジオン陸軍/ジオニック社
ゴットン・ゴー大佐率いるジオン陸軍の大隊は、隕石の直撃を受けて決壊したシェーネブルク湖の堤防の復旧工事に当たっていた。宇宙空間で発破した隕石の一部がズム・シチに直撃したのだが、宇宙艦隊が陸軍の協力要請を拒否したことにも一因があった。自然災害が頻発する中、戦後20年近くにわたって地道に災害支援を続けてきたジオン陸軍だったが、改革の波でシン・マツナガ少将率いる第五師団は整理リストに挙げられている。
そんな中、ジオン政府からジオニック社解体の方針が伝えられると、ザクIII開発責任者のサイモン博士は怒り狂う。ロボット専業でしかもパテントは他社に譲渡してしまい、生産技術しか保有していないジオニック社には分社化による生き残りは不可能だった。思いあぐねた彼は、公王陛下に宛てて請願書をしたためる。
工事を終えてしばらくたったある日、ゴットン・ゴー大佐は通りかかった湖岸堤防近くで、驚くべき光景を目にする。彼らの造った堤防が跡形もなく消えていたのだ。その理由は、さらにゴットンの怒りを募らせるものだった。

◇現代〜0098年・ジオン政府/ヴァリアーズ・ルウム・ファンド
隕石直撃によって決壊した堤防の工事現場を視察したヴァリアーズは、旧式のザクによる工事の非効率を指摘し、軍務大臣のゲルハルトに外国製プチモビルスーツの導入を提案する。そして逆に彼から陸軍利権の解体へ向けた協力要請を受ける。軍務大臣の意を得たヴァリアーズは早速動き出し、民営化を進めるとしてジオン陸軍が建設した堤防や水門を次々に取り壊し始めた。民間企業に再建築させるためである。外遊途上のハマーンから、ジオニック社解体の決定が伝えられると、この動きに拍車がかかる。彼はジオニック社の工機事業部の買収を狙い、官業の自由化でジオン市場に入り込もうとしていたのだ。しかし、ヴァリアーズ社が買収したアレクサー社が造った堤防は見るからに貧弱で、ゲルハルト軍務大臣はこの点について、外国人特派員らの厳しい質問にさらされる。

【この一文!】
「規制緩和(ディレギュレーション)万歳だ。」
 官業の自由化の一例として、グッドウィルは軍務大臣ゲルハルトの英断を褒め称えた。はしゃいでいるジオン担当役員をヴァリアーズがギロリと睨む。役員によれば、英断と引き換えに、大臣は若干の「薄謝(ブラット)」を彼らに要求しているという。
「アレクサー社の未公開株(NYL)を彼の細君に譲渡しました。インサイダー? 貧弱なジオンの証取委に摘発なんかできません。」
 ヴァリアーズのやり方を熟知しているグッドウィルが手回しよくゲルハルト大臣に賄賂を送ったことを話した。その報告に彼が顔を曇らせる。
「グッドウィル、我々は何のためにビジネスをしている。」
 らしくない言葉に上機嫌だったジオン担当役員はギョロリとした目で会長の顔を見た。癖のある黒髪の長髪に、トレードマークの黒いコートを纏ったヴァリアーズ社の会長は、倦んだような瞳で窓外の景色を眺めている。
「言うまでもなくカネのためです。」
 年長の役員の言葉に、車窓から景色を眺めていたヴァリアーズは唇を歪めて微笑した。  


▼ソロモン共和国が「経営懈怠税」を導入したことから、ハマーン女王による改革で急速に市場開放が進むジオン公国へと進出し始めた企業家ヴァリアーズ。自由主義による恩恵をひねり出すことを熟知した彼にとって、その弊害についてこれまで経験してこなかったジオンはまさにうってつけの場所であった。しかし軍務大臣に取り入ってはしゃぐ担当役員を横目に見るヴァリアーズは、それほど満足しているようにも思えない。「何のためのビジネスか」という問いに臆面もなく「カネのためです」と答える役員グッドウィルだが、その言葉に微笑む彼の唇の歪みに、「それだけではない」という彼の心の声が聞こえてくるようである。それは貪欲なはずのこの男が気にかける、二人の幼い兄妹の存在を、私たちは知っているからだ。黒ずくめの服装は、そんな彼の心を隠す武装かもしれない。

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