MUDDY WALKERS 

ラブ・オブ・ザ・ゲーム For Love Of The Game

ラブ・オブ・ザ・ゲーム 1999年 アメリカ 138分

監督サム・ライミ
脚本ダナ・スティーブンス
原作マイケル・シャーラ「最後の一球」

出演
ケヴィン・コスナー
ケリー・プレストン
ジョン・C・ライリー
ジェナ・マローン
ブライアン・コックス

スト−リ−

 ビリー・チャペル(ケヴィン・コスナー)は40歳、殿堂入りは間違いなしというデトロイト・タイガースの右腕エース。彼はチームとともに、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地ヤンキースタジアムに向かっていた。監督から先発を告げられてはいるものの、右腕はボロボロ、痛みをこらえての登板である。ヤンキースは東地区優勝をかけて意気軒昂だがタイガースにとっては消化試合、バッテリーを組むガス(ジョン・C・ライリー)は無理せず他のピッチャーに替えてもらうよう勧めるが、ビリーは大丈夫だという。内心ビリーは張り切っていた。試合前夜、久しぶりにニューヨークの恋人ジェーン(ケリー・プレストン)と過ごすことになっているのだ。高級ホテルのスイートで待つビリー。だがジェーンは現れなかった。失意のうちに酔いつぶれて一夜を過ごしたビリーを待っていたのは、オーナー(ブライアン・コックス)からの引退勧告。チームの売却が決まったのだが、次のオーナーはビリーをトレードに出すというのだ。試合が終わるまでに、トレードか引退かを選ぶよう、ビリーは過酷な選択を迫られる。さらに連絡してきたジェーンは、編集者として今日、ロンドンへ立つという。チームからも、そして恋人からも「別れ」を告げられたビリーは、万感の思いで敵地ヤンキースのマウンドに立った…。

レビュー

   野球が他のスポーツと際だって異なる特徴が二つある。一つは「君がいた夏」のところでも書いたように、「ホームに帰る」スポーツであること。そしてもう一つは「回想する」スポーツであること。日本のプロ野球中継を観るとよく分かるのだが、バッターが打席に立つたびに、今シーズンに打ったヒット、ホームランの本数や打率が表示されたり、前の打席、あるいは前の試合で打ったホームランのシーンが繰り返しリプレイされる。投球と投球の間に、ピッチャーも、バッターも、それを見守る観客も、それぞれの過去を振り返りながら、今それぞれの内に起こっている無言のドラマを想像する。野球は実に映画的なスポーツなのだ。そんな野球の特徴をとらえ、1つのゲームの中に5年間のラブストーリーをすっぽりおさめてしまったのが、この映画である。
 
上記のストーリーは映画の序盤までで、ビリー・チャペルがマウンドに立ち、プレイボールと同時に彼の回想が始まる。「俺には野球しかない。野球がすべてなんだ」とこれまでの40年間を野球に捧げてきた男が、いまその最愛のもの、最愛の場所から立ち去るかどうかの決断を迫られている、そんなマウンドなのだ。ところがここから盛り上がるところで回想シーンになり。5年前、恋人ジェーンとの出会いのきっかけに入っていく。ん? この話、どこへいくの?と戸惑うが、試合と同時進行していくラブストーリーに次第に引き込まれていく。それは今ここにいるビリーが結果を出すために、もう一度思い出さなければならないことだったのだ。過去のリプレイ。それはヴェテラン投手が積み上げてきた経験値である。一人のバッターを打ち取るために過去の対戦を回想し、相手の弱みを突いて結果を出すように、ビリーはマウンドで人生を振り返り、そして結果を出すのだ。一つは野球に対して、もう一つは恋人ジェーンに対して。
 物語は、ビリーが試合中盤、キャッチャーのガスに「そういえば、これまでにランナーを出したか?」と聞くところから一気に盛り上がりを見せる。ヤンキースを相手に完全試合が狙えるチャンスがあるのだ。ふと、孤高の天才ピッチャー、江夏豊の言葉を思い出す。「野球は一人で勝てる」。ビリーの恋人ジェーンの別れの理由は「あなたに私は必要ないでしょう」だった。ビリーはここでパーフェクトを達成して、完全なる孤高の存在になってしまうのだろうか。試合終盤、ドラマがある。あとアウト6つを取れば試合終了というとき、ビリーの右腕が思うように動かなくなる。
 本物のヤンキースタジアム、現役と元プロの選手を使い、さらに観客の野次、空港のバーでテレビを観るヤンキースファンの男など、野球を取り巻く様々な要素を盛り込んで丁寧に作り込まれたシーンの数々に関心。1992年の「ボディーガード」で人気は絶頂に達するものの、その後坂道を転がり落ちるようにおっさん化し、主演映画がコケまくっていたケヴィン・コスナーだが、これが3作目となる野球映画で名誉挽回。仕立ての良いスーツをばしっと着こなし、遠征の宿は超高級ホテルのスイート、シーズン前のキャンプはマイアミの一軒家を借り切るという「本場」メジャーのメジャーっぷりに魅せられる。そんな彼が試合のあと、一人豪華なホテルのスイートで号泣するシーンは、胸にせまるものがあった。人はお金や栄誉だけでは決して満たされることはない。言葉にすればありふれているが、満たされないことの悲しさを感じて泣くことのできる中年男ビリー・チャペルの“純情”に、ぐっとくるのだ。意外に、リタイア後が見えてきた男性におすすめの映画かもしれない。

評点 ★★★★

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