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機動戦士Zガンダム第47話「宇宙の渦」遠藤明吾

あらすじ
 メールシュトローム作戦が発動し、カミーユがハマーンを誘い出すために陽動に出動する。

Aパート:いつもの痴話ゲンカ、メールシュトローム作戦開始
Bパート:ハマーン対カミーユ

ののしりあい宇宙(そら)
 何でもメールシュトローム作戦とかいう作戦が始まるらしいが、冒頭からサラを殺されたカツとファとカミーユ三者の痴話ゲンカ、それが結構長い。そしてアーガマからはいかにもやられそうな「リック・ディアス出る」のボディ中尉が出動する。最初の敵がガザCなのでどうもアクシズは前回から敵になったらしい。
 一方、ニュータイプをパシリに使う男、ブライトの策略でアクシズ軍の背後に廻ったカミーユの気配にハマーンは鳥肌を立て、アクシズ軍は少し怯む。ミネバ共々アトピー症状に苦しむハマーンはキュベレイでカミーユ退治に出動する。出た途端「戦いの意思の源だー!」とか「お前は人を不幸にする!」などといわれのない非難を浴びせられ、カミーユ共々金縛り状態に、どうも今回のヒロインはこの人らしいとようやく分かる。そして二人はニュータイプ特有の「分かり合い」状態に、その間にエマ中尉はいつものようにハイザック(ガザC)を撃墜し続けるのだった。



カオルのひとこと:サラを失ったカツは、メールシュトローム作戦で出撃することになったカミーユに突っかかり、そこにファも加わっていつもの痴話ゲンカ。出撃命令のないカツが勝手に出撃し、彼の後を追ってファもメタスで出ていきます。作戦そっちのけかよ! まあ、いつものことですが、あと4話でもこのペースを崩さない、崩せない脚本です。

無理矢理入れたファーストのオマージュだが…
 ファーストのアムロとララァの話は有名なので、一応続編のこの話でもやっておかんとまずいかなというエピソード、しかし、素直なララァと異なりハマーンはヒネていて、それでシャアも(昔の女に)執着ないので、このエピソードは「あ、そうか」てな感じで終わる。ラストは錯乱したハマーンにカツとファが痛めつけられる話。やっぱ20歳超えるとダメなのだろう。どうもハマーンと同じ資質を持っているらしいミネバの方がまだ救いがという感じである。

カオルのひとこと:そのメールシュトローム作戦とはなんぞや、というのはブライトに問いかけたクムとシンタに答える形で説明されます。敵のコロニー(グリプス2)を渦巻き状に囲んで奪う、という作戦らしいです。岩の影に隠れてカミーユはハマーンの乗艦グワンバンの背後に回り込み、気配を感じたハマーンは鳥肌を立てながら出撃。そして二人は、ファーストガンダムのアムロとララァよろしく、ピンク色の異次元宇宙へスリップしていくのでした。

 そんなに語るところもない話で、実はファーストもララァの場面は賛否両論で、半分くらいは「わけわからない」で済まされていた場面でもある。筆者もそのクチだが、「人は分かり合える」なんて陳腐なお題目は「世界人類が平和でありますように」と同じく、作品の本筋とは実は関係ないことも確かである。それにしても、あと4話なんだよ。
(レビュー:小林昭人)

カオルのひとこと:ウブな中学生だった私はファーストのアムロとララァの邂逅シーンは正直「ポカーン」だったものの、人が分かり合える、というお題目には「そうだよね、それが希望だよね」とウルウルしたものでした。しかし冷静に考えてみれば、あのときだってアムロとララァは別にお互いのことを分かり合ってたわけではありません。せいぜい、知り合ったぐらいじゃないですか。逆に言えば、話せば分かるようなことを、ニュータイプ能力とやらを使わないと分からないような人たちなワケです。それで、話したわけでもないのに過去を知られたハマーンは怒る、それって当たり前の反応じゃないでしょうか。それを「生きていてはいけない人間」と決めつけるカミーユ、本当に君ってコワイよ…。という具合に、ジャミトフも死んじゃって最後の敵がシロッコしか残っていないので、ハマーンもカミーユの主観だけで、なんだかすごい悪役に仕立て上げられてしまった47話でした。

評点
★★ ファーストにご挨拶しただけ。(小林)
 キレるカミーユに、肌が粟立ちます。(飛田)


関連レビュー「ZZ第47話 戦士、再び……」脚本:遠藤明吾

あらすじ
 グレミーは死に、話はジュドーとハマーンのニュータイプ対決にもつれ込む。そして、ハマーンを倒したジュドーは木星に旅立つ。

Aパート:ハマーン出撃、キャラ死す
Bパート:ハマーン対ジュドー、エピローグ

コメント
 ホント、疲れる展開のZZ最終話だが、前回の要塞大脱出といい、どうしてこれらの話は感情移入できんのだろうと思うのだが、やっぱ話の大元に問題があると思うのだ、結局これらの話はゼータガンダムと同じ痴話げんかで、極めて個人的な事情と話で、それは画面は派手だし、死者も多いのだが、ハッキリ言ってそんな話で戦争やられても乗れないのである。そう考えてみると、このZZ、実は良く分からない話が山ほどあるのだが、まず、この戦いの位置関係が分からない。前作で出てきたエウーゴとか地球連邦はどうなっているのか、事件程度の話なのか、本格的な戦闘なのかがまず分からない。
 まず、一応敵ヒロインのハマーン、ゼータ以降100話も費やしてもこの女性の人物生い立ちについては全くというほど描写が割かれなかったのだ。シャアとの関係も良く分からなかったし、どうも微妙らしいザビ家との位置関係も分からなかった。そもそも彼女が何でネオジオンの支配者なのか、その辺の説明も全くなかったのである。それにアステロイドから帰還した彼女がなぜ大戦争を仕掛けるのか、その動機もほとんど説明されなかった。
 それと作品後半から多用されるようになるオーラの力と亡霊たちの集団、ZZでは最後に全員で手を貸してハマーンを倒すのだが、武器の威力など関係なく、ビームを跳ね返したりモビルスーツを遠隔操作したり、パイロットを金縛りにしたり、凡人の集まりである地球連邦軍を立入禁止にしたりできるのだが、そもそもこの作品はこういう理由で支持されたわけではなかったはずである。そもそも実は結構難しいはずの宇宙機であるモビルスーツの操縦も「ニュータイプだから」という理由で番組が成り立ってしまうのだが、そういう説明も全然ない。とどめはハマーンが死ぬと病気のカミーユが完治することだが、あるわけないだろそんなのとツッコミを入れたくなる。

 改めて思うのは作品で最も重要なものは今も昔もストーリーである。ゼータやZZの時代のアニメーション技術は鉄腕アトム以来の日本アニメの集大成で、優秀なアニメーターや声優も出揃った爛熟期のものだった。しかし、それでも技術に見合うだけのストーリーがなければ、そんなものは大して役に立たないし、残る作品にもならないのだ。ラストに向かう流れに爽快感がないのは、それはそのままストーリーを積み上げて来なかったスタッフのごく初歩的な怠慢である。そして、この作品を最後に日本アニメーションは長く暗いトンネルの時代に入っていく。他には先進的な作品もあり、明確なポリシーを持ってクリエイターを育てていたなら、20年後の現在の光景は今とは全く違ったものになっていたに違いない。
(レビュー:小林昭人)

評点
★★ ガンダムのみならず日本アニメの墓碑銘のようなラスト。


関連レビュー「ガンダムAGE第 47話 「青い星 散りゆく命」脚本:木村暢

あらすじ
 ヴェイガンの要塞砲によって大打撃を受けた連邦軍は、戦艦ディーバのボトンブラスターで敵の陣形に大穴をあけ、突破口を開いて要塞ラ・グラミスを叩くという作戦を立てる。一方ヴェイガンではザナルドがゼハートに反逆。そんな中、戦場でキオはヴェイガンの病弱少女ルーの兄ディーンと再会。和解するかにみえたが、ディーンは同胞ザナルドに撃たれ、キオは激昂してすさまじい戦いを繰り広げる。

Aパート:ディーバのボトンブラスター発射作戦、アビス隊長行動不能に
Bパート:ボトンブラスター発射、ディーンの死、キオ激昂

コメント
 あと数話で最終回、となればお決まりのパターンは、大決戦で戦死していくキャラの死に様、ということになる。そんな目論見を隠そうともしないベタなタイトルに白けつつ本編を観たのだが、案の定の展開に苦笑するしかなかった。
 前話で急にナトーラとの間に何やらありそうな雰囲気になっていたセリック・アビス隊長が第一の犠牲者である。彼はゴドム・タイナムという、随分前に砂漠戦で登場した敵キャラと戦って相手を倒すものの、自身のモビルスーツも行動不能となり、敵艦に挟まったまま動きが取れなくなる。連邦軍はボトンブラスターを発射して敵陣形に穴をあけ、突破して要塞を叩こうといういかにもな作戦。発射準備が整ったところで、ディーバのブリッジは敵艦上で動けなくなっているアビスを見つけ、交信する。こうなれば、もうどうなるかは分かり切った話である。「俺に構わず撃て」。で、涙ながらに発射を命じるナトーラ艦長、という図である。
 第二の犠牲者は、ヴェイガンでキオがお知り合いになった病弱少女ルーの兄ディーン。なんとXラウンダー部隊の一員になっており、キオと戦場で再会し、戦いになるのだが、キオはディーンと知って説得を試みる。そして心が通じ合ったと思ったそのとき、友軍ザナルトにやられてしまうのである。これに激昂したキオは未だかつてないすさまじいパワーを発揮して青白く光り出し、あっさりとザナルドをやっつけてしまう。その後我に帰って自らの力に恐怖する、という図である。
 二人の死に方に共通するのは、どちらも味方に撃たれた、ということ。そこに根深い何か制作者の、あるいは本シリーズの根底に流れる薄暗い恨み節ともいえるような不気味なものを感じる。「俺に構わず撃て」というアビスもろともボトンブラスターで吹き飛ばすナトーラと、戦いの邪魔だという理由で味方のディーンを撃つザナルド。立場は違えど、やったことは同じである。なぜ私たちはこのように、エンターテイメントの世界でまでも、組織のために、上に立つもののために自分を殺して奉仕することを良しとする行動を美徳とするような価値観に、感動させられなければならないのか。まるで何かの思想を刷り込みされているかのような錯覚に陥るのだが、恐らく制作者自身、これが美徳だと刷り込まれて育ってきたのであろう。そこに、日本の不幸がある。

評点
★★  ラストも近づいてきたので、お約束のように人が死ぬ。それだけの話。


その他のZレビュー
「機動戦士Zガンダム回顧録」 Z第47話レビュー
「パラレルユニヴァース」 Z第47話レビュー


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