MUDDY WALKERS 

An another tale of Z

 ATZ第三部連載を終えて 小林昭人さんインタビュー

今、「立ち向かっていく」気力が制作者に求められている。
それは、ネバザレス(それでも)と異を唱える意思。

6.創作の土台となるもの

■カオル 取捨選択というと、ATZの舞台は、現代より約800年先の未来という設定ですが、例えば議会制民主主義という制度は存続していますね。私などは、800年も先、民主主義よりさらに進んだ社会制度が生まれているのではないか、などと考えてしまいますが、そうではなく、現代にあるものを土台に、概念を進めたり遅らせたりしているということですか。

■小林 これも傾向があって、制度とか法律とかは今のものをあまり変えずに使っています。しかし、科学技術の関連になると無視したり、思い切って進めたりの記述が多くなります。核融合発電が定着しているところなどはそうですね。また、オニール型の「島三号」というのは、実はシリンダー型の二つのコロニーを対にして回転させているものなのですが、それは無視しました。実は歳差運動を恐れてのものなのですが、こういうものはこの時代には解決が付いていると思うんですね。ですから、作品のコロニーはテレビとあまり変わっていません。
 実はこの問題、執筆の途中で気づいていたのですよ。ついでに書くと福井さんは全く気づいてませんね。彼のUCの記述はハッキリ言ってかなりひどい。なお、歳差は実際の衛星でも6週間に1回転程度、月で18.6日に1回、地球では2万6千年に1回ですから、地球や月の引力を緻密に計算してコロニーを設置したなら、単一シリンダー型のコロニーでも、日常生活に影響が出ない程度のものには抑えられると思います。

■カオル 科学技術については、将来的には進歩したり問題が解決しているだろうということを加味して設定を考えておられるのですね。社会制度についてはどうですか?

■小林 制度については、44話で「民主政治は滅びない」と書いていますが、少なくとも現代の水準より極端に遅らせるようなことはしていませんね。例えばビル・オブ・ライツ(人権条項)が廃止された世界とか、ガンダムに限らずアニメでは日常なんですが、そういうのって知性が低い人の考えることだと思うんですよ。多少なりとも近代立憲主義、そしてそれを土台にした現代立憲主義の枠組みを知っていれば、未来の世界で奴隷制とか、公民権のないコロニー住民というものは出てこないと思います。そうなるべき理由がない。
 ただ、個々の制度を概念操作して、ある国は先進的に、ある国はやや後進的にという味付けはしていますが、ATZの世界ではジオンから地球に普通に旅行していますからね。地球からの移住が制限されていると言っても、20話みたいに金を払えば解決できるみたいな感じで、人権として制限という書き方にはなっていません。そこは他の作品と全然違いますね。

■カオル 確かに、もし未来の社会制度が過去にあった奴隷制の復活や著しい人権侵害がまかり通っている状態に戻っているとしたら、そういう状態に戻ってしまった特殊な理由がなければいけませんね。公民権のないコロニー住民というのは、ガンダムUCにありました。あの世界ではスペースノイドは著しく人権が侵害された状態に置かれていますが、それは一体どういう理由か、はっきりとしませんでした。強いていうなら、人類より進化したニュータイプという種が生まれて彼らに「支配」されることを恐れるあまり、あらかじめ権利を奪っておいた、という感じでしょうか。
民主主義については、これは未来においても最良の仕組みと考えてよいのでしょうか。第三部では、コスモ共産主義やコスモ貴族主義といった仕組みも試みられていますが、より進んだ仕組みというふうにはなっていませんね。

■小林 より進んだ仕組みというものですが、民主主義より進んだ仕組みというと、私にはちょっと思い付かないというのが本当ですね。直接民主制にせよ間接民主制にせよそれぞれ一長一短ありますし、大枠としての制度としては議院内閣制にしても大統領制にしても各々完成された仕組みだと思います。実情は両者の間にそれほど大きな差もありませんしね。むしろ大枠以下の細かい所、例えば選挙制度の仕組みだとか、政治資金の調達の方法だとか、そういった所で未来と現代の差は出ると思いますし、もたらす結果も違ったものになると思います。例えば43話で提示した助成金制度などは政党の社会化の最たるものですね。憲法で政党政治を認めなければこれはできませんが、少なくともこういう仕組みなら、同じ議院内閣制でも今のような問題はなくなるでしょうね。そのくらいのものだと思いますし、それで十分だと思います。民主主義を超えた制度なんか考えなくていい。

■カオル 最近の傾向として、主人公の半径5メートルの身近な世界の出来事がセカイを変えてしまう、というような「セカイ系」の物語が増えた反面、このようなスケールの大きな世界観を持った「大きな物語」を語れなくなってきているということがあるように思います。これは「時代に立ち向かう」ことから逃げていることの現われのように思うのですが、小林さんは、「時代に立ち向かう」視点を持った作品を創作するためには、何が必要だと思われますか? 

■小林 今の時代、いろいろと複雑になっていて、いろいろな立場の人がいます。先ほど申し上げたように「視聴者」も一括りにできない時代に入ったと思うんですよね。そういった場合、やっぱり現代の人がいろいろ抱えているモヤモヤだとか、どうも納得いかないことというものを説明することが必要だと思います。作品の世界というのは架空である分、思い切ったことができるわけですし、そういう点で「立ち向かっていく」気力が制作者に求められるわけです。まずそれがありますね、ネバザレス(それでも)と異を唱える意思です。納得できないものにはそうだと言わなきゃいけない。
 例えば優性遺伝子が全てを決めるとか(SEED)、脳量子波を感知できない人間は滅びる話(00)とか、主人公の敵が実は大企業を存続させるためのフェイク(UC)だったとか、こういった話を書く人って、「時代に立ち向かっている」と本当に言えます?

■カオル いえ、むしろ「時代に立ち向かえるのは特権を持ったものだけ、そうでないものは無力である」という歪んだものがあるように感じますが、どうでしょうか。

■小林 遺伝子で言えば、高度な遺伝子操作は疾病の危険をより増しますし、失敗作の可能性もあります。求める高い資質が無ければ断種するんでしょうか、そういう描写ありましたね。でも、そういうことを書く制作者は生まれながらに障害を背負って、わざわざアメリカまで行って手術する人のことをどう説明するんでしょう、説明できませんよね。「あの夫婦はバカだ」なんてやったら明日にでも番組降ろされます。
 脳量子波について言えば、これはイノベイドという人類の特殊な素質に目覚めた人とそうでない人の話ですが、このように人類を二分して片方は死んでしまえなどというのは、人種差別にも通じる考えです。例えば我々はアフリカ黒人が黒いからという理由で「殺しても良い」とか「奴隷にしても良い」という主張を認められるでしょうか、我々自身が黄色人種として差別された歴史から見ると、到底認められませんよね。同じ事です。
 主人公の敵がフェイクだったというのはUCですが、この世界では軍産複合体を存続させるために不況対策で軍備を維持しているんですよね、そしてテロがある。しかし、一産業の都合で無関係の他人がある日突然殺されたり家を爆破されたりする世界なんか認められますか、国だったら認められませんよね。革命を起こして倒さなければいけません。革命を起こさないまでも政権与党が選挙で負けるでしょう。
 こういったことというのは、長い歴史を経て我々の常識としてすでに定着しているものなわけです。そして悲惨な歴史を経た記憶というものが、百年や二百年で忘れ去られるものでないことは、例えば秦の始皇帝の残虐行為が今も伝えられていることで分かりますし、ポーランドではレグニツァという場所で13世紀の戦いの戦死者を今も追悼しています。宇宙時代になったからといって、こうやって長い歴史を経てきた我々の知恵が廃れるものでないことは分かると思います。私に言わせればこれらは最低限度の常識、コモン・センスですね。

■カオル 歴史の中で培われてきた常識や、人類共通の記憶、知恵といったものを無視したり、こうした常識の逆をゆくのではなく、これを「時代に立ち向かう」姿勢の土台として、その上に自分自身の視点から生まれる世界観を構築する。それが、本当の意味でこの時代に価値ある創作をするために必要なものだ、ということですね。
 そうした「時代に立ち向かう」作者の気概が形となったともいえる第三部、改めてそのエッセンスに触れつつ、さらに深く楽しんでみたいと思います。
 残る第四部にも、期待しています。どうもありがとうございました。

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