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An another tale of Z

 SF小説”An another tale of Z” 各話レビュー

第48話「仲裁者」

◇現代〜0098・エイジャックス/ソロモン国防省
エウーゴによる輸送作戦の成功で、オーブル軍は大攻勢を仕掛けている。そんな中、アガスタ大統領はソロモン艦隊に、アガスタのコロニー「シャリア」を出てコロニー「ボジヌルド」へ移動するよう命じる。しぶしぶ命令に従うマーロウだったが、ボジヌルド周辺宙域は最小10キロ程度の隙間しかない狭い宙域で、ブッダ艦長は不安を憶える。近郊には、宇宙世紀以前に起こったレギオン戦争の戦跡であるストーン・リッジがあった。
 一方ソロモン国防省には、ジオンで再度勃発したクーデターに関する報告が届けられていた。

◇現代〜0098・エウロパ/専用船ラ・コスタ
遠く離れた木星の衛星、エウロパにいたハマーンは、MCVのテレビ中継で、クーデターの勃発を知る。首都星ズム・シチは、ジオン陸軍と宇宙艦隊とが対峙していたが、テレビでは、ハマーンの改革によっていかに格差が拡大し、職にあぶれたかつての中産階級が悲惨な目に遭っているかが延々とレポートされていた。ハマーンは、改革の中で置き去りにされ、あるいは自由化と規制緩和のあおりで転落の憂き目にあった人々の状況を目の当たりにして愕然とする。頭を抱えるハマーンに、「君は帰るべきだ」と声をかけたジュグノーは、そっと肩を抱き、ハンカチを差し出すのだった。

◇現代〜0098・ズム・シチ
深夜のオフィスで、明日の新聞のコラム欄を執筆していたセイラ・マス。コラムはクーデター派の計画により多くの市民が公園で野宿を強いられた実態や宮殿占拠後に証券取引所が破壊され、株式市場が事実上崩壊したこと、にもかかわらず比較的穏健に進んでいるクーデター派の動きなどを伝える内容となっていた。そのとき数個のケースを手にしたブロッホ将軍がアルテイシア新聞社を訪れ、節度ある報道と取材の自由を認める、というクーデター派の意向を彼女に伝える。将軍が去った後、セイラは宇宙艦隊司令部に面談希望を申し入れ、クーデター派とハマーン派に分かれてにらみ合っているジオン陸軍と宇宙艦隊の交渉の仲介役を買って出ることを申し出た。

【この一文!】
「外惑星が希望の大地、今のジオンの閉塞を打破する手段という陛下のお考えには私は賛成ですが、大多数の国民は陛下ほど視野が広くなかったかもしれませんね。」
 ドリスの言葉にハマーンは苦笑する。
「サイド3全土を合わせた広さよりも、ずっと広大な大地をエウロパ一星で賄える。水も食糧もだ。だが、今は足下を見なければいけないようだ。」
 いっそジオンには戻らず、マシュマーたちを呼び寄せ、ここで開拓者(ツィードレル)としての生を全うしても良い。だが、そうも行かないだろう。自分はジオン公王なのだ。
「本国艦隊司令官代行のリューリック少将が陛下の至急帰還を要請するメッセージを送っています。彼の性格からして、これが罠(グルーべ)である可能性は低 いでしょう。クーデターを起こしたジオン陸軍(ヒーア)は元々宇宙艦隊(ライヒスフロッテ)とは険悪な仲です。彼はハーフェンで海兵隊を指揮し、軍港を要塞化して陸軍の浸透を防いでいるようです。」
 ハマーンは前回のクーデターの時に、戦艦グワンバンで落ち延びてきた若い少将のことを思い出した。
「やはり早く戻るべきなのだろうな。」
「もちろんですとも(ナチュアリッヒ)。」
 元反乱提督の言葉に彼女は頷くと、船長に船を離昇させるように命じた。エウロパの核の太陽を反射した銀翼の光を煌めかせながら、マグダレナ夫人の船はエウロパの青い空と白い雲の彼方に消えていった。ラ・コスタのサイド3への到着予定は四五日後。


▼木星圏は、ハマーンが木星艦隊の汚れた任務の実態を知った場所でもあり、同時に自由コロニー同盟という、自国とはまったく違った価値観を持つ国の存在を知った場所でもあった。もし彼女がこの場所を知らないまま公王になっていたら、二度に渡るクーデターに見舞われることはなかったかもしれない。ジオン公王であるハマーンを、今のハマーンたらしめている場所。だからこそ、彼女はジオンのこれからを考える場に、はるか木星圏を選んだのだ。しかし、クーデター勃発の知らせは、夢のような時間を過ごしていたハマーンと一行を現実へと引き戻す。戻らなければならない、それも彼女がジオン公王であるがゆえ。しかし、ハマーンを帰路へと導く船長が、実はもとクーデター派の提督であったという事実が、ハマーンに、そして私たちにもう一つの希望となってかすかに輝いている。

第49話「合体戦艦エイジャックス」

◇現代〜0098・ソロモン派遣艦隊VSティターンズ艦隊
タイロンを制圧され、いよいよ追いつめられたティターンズ艦隊。ガディ・キンゼー大佐はサイド2脱出を企図するが、そこにソロモン派遣艦隊の司令官、エドワード・マーロウが立ちふさがる。旗艦エイジャックスは、実は巡洋戦闘艦と小型空母が合体した複合戦艦だったのだ。マーロウの意図を悟ったガディは自ら操縦桿を握り、他のティターンズ艦隊をテッド・アヤチ大佐に委ねて単艦でエイジャックスを阻止することを決意する。しかし、実はその作戦には裏があった。
エイジャックスの船体を分離させたマーロウは、分離した巡洋戦艦「エイジャックス・ファルコン」でガディの操るアレクサンドリアを追撃する。切り離された空母部分「エイジャックス・イーグル」を指揮するのは艦長のブッダ大佐。彼はロンバルディアの艦長となってエウーゴ艦隊を指揮するエマ・シーンと連絡を取り、ティターンズ艦隊を迎え撃つ。ソロモン・エウーゴ連合軍はティターンズ艦隊を圧倒するが、その戦いの果てには思わぬ悲劇が待ち受けていた。

◇現代〜0098・専用船ラ・コスタ捜索隊
コロニー「アルカスル」のテレシコワ港で修理を終えた戦艦アーガマ。グラナダからアルカスルへ向かう際、ガディの猛攻を受けて艦は半壊、主砲は折れてしまったが、竜骨は無事で航行に支障はない。アーガマに飛び乗ったブレックス准将は、一路アクシズへ進路を取るよう指示を出した。ジオンの宇宙艦隊司令リューリックからの命を受け戦艦グワンランでハマーンの乗るラ・コスタ回収に向かっているグスマンと会合するためである。操舵輪を握るのは派遣をやめてエウーゴに復帰したトーレスである。一方、ソロモン共和国軍の火星・イプシロン基地からは、太陽系外周艦隊の巡洋艦シーハウンドが戦艦グワンランと合流すべく出港していた。
その頃、ハマーンはジオンへの帰路についていた。まだ行程の3分の1までしか来ていないことに苛立つ彼女のもとには、国際情勢の資料のほかに、夫の近況をとらえた写真も届けられていた。

【この一文!】
「見逃してくれる(ブリンク)というわけには行かないようだな、マーロウ。」
「そろそろ年貢の納め時というものだろう。思えばタイタン以来四年間の因縁だが、タイタン核攻撃といい、無辜の民間船襲撃といい、君らの所行には人間として目に余るものが少なくなかったのでね。」
 マーロウ流の最大の怒りの表現である。彼の艦はすでに回頭し、全砲門をティターンズ艦隊に向けている。
「核は俺じゃない! ガイアYで会った時、話したじゃないか! あれはジャマイカンが、、」
「命令に従った以上は同罪(ギルティ)だ。許される話ではない。それにだ。」
 ジャブロー核爆撃も君らの仕業だろうと言ったマーロウに、ガディは沈黙した。


▼サイド2へ向かうエウーゴ船団を狙った攻撃では、無人戦艦を使ってラーディッシュを大破し、アーガマにも深手を負わせる戦果を上げたガディ。その戦績自慢を苦笑しつつ聞いていたマーロウだったが、彼はガディらが過去にしてきた悪行を忘れたわけではなかった。飄々として感情的になることのなかったマーロウが怒りに燃えるとき、旗艦エイジャックスは今まで見せたことのない姿をあらわにする。

「大戦であまりにも多くの士官が死にすぎた。頼れる者といったら、やはり貴官が一番だと思ってな。サイド2の航路管制はイエガーが肩代わりしている。急な願いで悪いが、助力をお願いする。」
 モニタ上のブレックスにグスマンは薬指の指輪をかざした。ブレックスも嵌めているその指輪は〇〇六二年艦隊アカデミー卒業生のもので、グスマンは傑出した航海科の連邦士官のことを良く覚えていた。
「別に私でなくても良いと思うが、土星時代にいろいろと世話になったこともある。ハマーン陛下を回収するのだろう、お手伝いさせてもらおう。」


▼そんな因縁の対決の一方で、かつては砲火を交えた間柄でありながら、今、一つの目標のために手を取る男たちがいる。かつて連邦の艦隊アカデミーで同期生だったグスマンとブレックス。卒業記念の指輪を見せるグスマンには、「同じ釜の飯を食った」者にだけ見せる表情が浮かんでいたことだろう。対照的な二組の「ゼーファーラー(船乗り)」たちが熱い物語である。

第50話「ダイクンの娘」

◇現代〜0098・ズム・シチ
クーデターが始まって3週間が経過し、アルテイシア新聞社では編集会議で記者から政変後の状況について次々と報告されている。グレミーを中心とした暫定統治委員会の動きは早く、行財政改革はまったなしで進められている。以前ブロッホ将軍の案内でセイラの見た満員のシェルターが、今は閑散としているという。そんな中、新聞社にブロッホ将軍が訪れ、社主のセイラは彼と連れ立ってズム・シチの街へと出ていくのだった。クーデターの状況や今後の方向性について話すブロッホの姿に、セイラは父ジオン・ダイクンに似た何かを感じる。
摂政となったグレミーは、自身が傀儡という立場になってしまったことに気付き悶々としていた。愛機バウでズム・シチ上空を飛行することぐらいしかすることがなく、政権内での役割といえば詔書を言葉通りに読み上げるだけのものである。一方、そんな彼を操る黒幕マチアス・フォン・フリッツは兄である大蔵大臣ギュンターの家に入り、兄への個人的な復讐心を新たにするのだった。

◇現代〜0098・専用船ラ・コスタ捜索隊
イプシロン基地から出た太陽系外周艦隊の巡洋艦シーハウンドは、次々と来襲してくる海賊船と戦っていた。支援に駆けつけたエイストラとともに海賊船を大破させるが、エイストラは燃料欠乏のため帰還を余儀なくされる。オルドリンのソロモン沿岸警備艦隊司令本部で指揮を執るマクニール大将は、外惑星の直航航路に出没した60隻もの海賊船から、いかに航路とハマーンの乗るラ・コスタを守るかという作戦に思いを巡らせていた。そんなとき、センサーが一隻の中型艦の機影を捉える。

【この一文!】
「アナトールはね、目を大きく見開いて、じっと聞いているんですよ。テレシコワの高級党員(クラス)は居眠りすることも多いんですがね。」
「ジェーニャ、あなたの師(マイスティル)には共産党員はいないのね。」
 テレシコワの話はあまりせず、ガイアやパシフィック時代の話ばかりする将軍を大統領が皮肉った。
「コンピュータで勝率(カフィツェント)を計算ですか、そんなやり方では我が軍は今もツェントルの氷の中です。」
 テレシコワで言ったら秘密警察(タイナヤ)に目を付けられそうな発言に大統領が笑う。周囲には参謀もいるが、将軍の放言を密告する様子もないようだ。


▼凱旋間近のバンベドフ将軍のもとを訪れる、アガスタ大統領のイサベル・バトレーユ。二人はアルカスルで少年時代を過ごした幼なじみであった。ジェーニャ、と幼い頃の愛称で将軍のことを呼ぶイザベルに、バンベドフは敬愛する政治家、アナトール・マックスについて話している。オーブルの将軍とアガスタの大統領、国も立場も違う二人だが、そんな二人を結びつけているのは単なる幼なじみという関係だけではなさそうである。

「ところでブロッホ少将、貴官は結婚しないのか?」
 ブロッホはゴットンの方を向いた。士官学校では俊英だったとはいえ、その後左遷された自分のような士官に娘をやるような将官は一人もいなかったとその瞳は語っている。
「昔、会った人と同じような雰囲気の人がいる。私は彼女を政治的に利用したくない。私は艦隊の連中とは違う。」
 アルティシア社主のことか、と、ゴットンは思った。ブロッホが過激な論調が特徴の彼女の新聞社を陰に陽に庇っていることは知っている。
「手が届かない方が、むしろ良いこともある。私はただ、見守るのみだ。」
「見守るだけでは、何もできないぞ。」
 ゴットンはそう言い、参謀のグラスに酒を注いだ。


▼ズム・シチにもまた、クーデターによる勝利を目の前にした将軍がいる。女王ハマーンのいない間に、順調に進められてゆく改革の全体像を描いているのはこの男、これまでずっと日の目を見ずに歩いてきたブロッホである。ゴットンと酒を酌み交わしながら、その将軍が思いめぐらすのは自分のことを「父に似ている」と言ったダイクンの娘のことだった。私はただ見守るのみ、と引き下がるこの男の胸中にある思いは、しかし誰にも手の届かないところにいるセイラの心には届いているようにも思われる…のだが。

第51話「女帝の帰還」

◇現代〜0098・オルドリン/ズム・シチ
 オルドリンの首相官邸で、リーデルはマクニール大将から海賊船殲滅の報告を受ける。救援に向かったエウーゴの戦艦は主砲が損傷したままのアーガマで、リックディアスで出たクワトロは8隻もの海賊船に捕捉され窮地に陥っていた。海賊船といっても連邦軍の正規軍なみの戦艦が揃っており、ラ・コスタを守り切ることは至難かと思われたが、そこにソロモンの太陽系外周艦隊が現われ、見事海賊艦隊を退けたのだ。リーデル首相はマクニール大将に、この件で活躍したブレストンらへの叙勲を約束する一方、ハマーンが亡命を希望するなら受け入れる意志があることを明らかにする。続けて行われたMCVの番組「炉端談義」のインタビューでジオン情勢について問われたリーデルは、「上からの改革を志向するバマーンには、改革を優先し国民の窮状を放置した罪がある」と明言した。一方MCVのベルトーチカ・イルマは、ソロモン国防省でのインタビューを終えた作戦部長マシュマーに、浮気現場の写真を突きつけてどうするつもりなのか、と詰問する。
そのころズム・シチではジオン陸軍主催で「アリスタ式」の大規模な集会が開催され、100万人もの群衆が、討論会を聞こうと会場につめかけていた。ノルマン・ケムスキー博士は討論で、資本主義がどのように破綻しているか、ジオンの労働問題を取り上げて解説。うつ病患者を量産しなければ成り立たない粗悪なビジネスモデルだと糾弾し、為政者への抗議を呼びかける。シュプレヒコールに沸き立つ集会の様子を醒めた目で見ていたグレミーは、ついに首都脱走を決意するのだった。

◇現代〜0098・専用船ラ・コスタ/戦艦サラダーン
エウーゴとソロモン共和国軍の救援で無事海賊船襲撃の窮地から脱したハマーンだが、ラ・コスタ船内でジオンでの集会、そしてリーデル首相の「炉端談義」を観て、自らの評価と 、ソロモンの後ろ盾を失ったことにショックを受けていた。マシュマーにさえ裏切られた彼女だが、地球圏に無事帰還を果たし地球を背後に浮かぶ故国ジオンのコロニーを臨み、首都奪還のために戦うことを決意する。
ズム・シチに帰還したハマーン一行はハーフェン宇宙港を根拠地に抵抗を続ける宇宙艦隊に迎え入れられる。首都奪還のための作戦を練るハマーンの胸にはしかし、迷いがあった。グレミーの離反を信じられない気持ち、さらに「彼らはなぜ戦うのだ」という疑問。そこへグレミー逐電の一報が飛び込んでくる。立ち上がった彼女は、「公王は余一人である」と宣言し、ハーフェン宇宙港は兵士たちの歓呼の声に包まれた。

【この一文!】
Einigkeit und Recht und Freiheit
fur das zionische Vaterland!
 (統一と正義と自由、祖国が為に、諸人一つに)

 女帝の檄に兵士たちの歓声が上がる。その歓呼の大きさはハマーンがジオンの公王であると知っているはずのマグダレナさえ目を見張るものだ。彼女は彼だけのものではない、彼らのものなのだ。女王の義姉は義妹に対する兵士の信仰に近い眼差しを見て思った。

Bluh im Glanze dieses Gluckes,
bluhe, zionisches Vaterland.
 (栄えあれ、我がジオン、栄光の祖国よ)

「勝つでしょうな(ゲヴィネン)、、」
「おそらくな(フィライヒト)、、」
 軍港中を満たす歓呼の声を聞きながら、ジオン大学のギュネイ・ガトー教授とズム・シチ経済大学のペリー教授は出撃する女帝と海兵隊部隊を眺めている。隣にはジュグノー大使やクレア教授の姿もある。
「新聞でしか見ていないが、グレミーらの改革案(レフォルム)も悪くないと思っていた。」
 ギュネイは言った。
「確かに、我々に近い提案(フォアシュラーゲ)もありましたね。でも、器が違います。」


▼「彼らはなぜ戦うのだ?」と自問自答するハマーン。野戦司令部にいる彼女の目の前には、作戦計画を討議している重臣たちがいる。ズム・シチへの帰路は、彼女にとって今まで培ってきたものすべてがはぎ取られていくかのような旅だった。国民の信頼、国軍からの信任、友邦であったソロモン首相リーデルの支持、そしてマシュマーの影の支え。さらに唯一幼なじみのような存在であった義弟グレミーさえも離反したという現実。一人きりになってしまった彼女は、司令本部の作戦会議の最中でさえ、自信を失ったままのように見えた。しかしそんな旅路の果てに見出したものがある。「彼らはなぜ戦うのだ?」、もちろん彼女はその答えを知っている。だからこそ、ハマーンは唯一無二の公王として、彼らに檄を飛ばすことができるのだ。

第51話余話「ザパドノの風」

 これは、アルカスルの田園地帯、ザパドノに暮らしていた少年ジェーニャと少女イザベルとが、失われた実りの大地を取り戻すまでの物語である。

 0057年、ザパドノは一面の小麦畑であった。畑のあぜ道をゆく二人の少年は、農場主であるバトレーユ家の娘について噂していた。そこへ当の本人が、買ってもらったばかりのポニーに乗ってやってくる。少年の一人、ジェーニャはイザベルの言葉に従い馬を引き、もう一人の少年は去って行く。その横を通り過ぎたリムジンには、イザベルの父と科学省からやってきた技官マイッツアー・ロナとが乗っていた。技官はまもなくサパドノが凍土の地と化すことを説明し、補償を受けてここを立ち退くように説得するが地主は耳を貸さなかった。

 0079年、一年戦争でジオンの侵攻を受けたサイド2「ガイア」では、アナトール・マックスのもと結集した諸勢力がジオン軍と戦闘を繰り広げていた。小麦畑を歩いたかつての少年と少女は、コロニー「オムスク」の酒場で思わぬ再会を果たす。ジェーニャはマックスの軍で部隊長、そして女優となったイザベルは、慰問団の一員となっていた。荒んだ生活をしている様子のイザベルに、彼女がジェーニャの愛称で呼ぶ部隊長、バンベドフはザパドノ復興を約束したマックスについて熱く語るのだった。

 0098年、ガイア統一を目指す戦いは、勝利を目前にするところまできていた。テレビのインタビューに応えるオーブル軍の将軍バンベドフの手には、ネロ・バートンの「同志バートン語録」が握られている。バートンが、ザパドノ復興の必要性を語った言葉が記録されているのだ。アガスタ大統領となったイザベル、そしてオーブル軍上級大将のバンベドフ。二人の“勝利”もまた、目前となっていたが…。

【この一文!】
「嘘(ロシュ)でも良いんです、嘘に誠実さを感じさせるなら。少なくともマックスには誠意がある、他の政治家とは違う。」
「マックスが修繕を約束したのは、バートンが同盟(アリアンツ)の条件としてそれを主張したから、そのことについて、あなたはご存じ?」
 慰問の相手は兵士(ソルダッチ)に限らないと彼女は言った。バートンはコスモ共産主義者、マックスは共産主義に寛容だが、それも戦いが終わるまでの話だ。オムスクでの政治家たちの立ち話を彼女は小耳に挟んでいる。
「だから修繕はなされない。政治家(パリティカン)は誰もそれをやりたがらない。」
「ザパドノに戻りたくはないのですか。」
 バンベドフは女優に言った。
「戻りたい、戻りたいわよ、でもね、、」
 私たちに何ができるの、泣き出して突っ伏した女優の肩を彼は優しく抱いた。

▼かつての少年と少女の、酒場での再会。そこで垣間みるイザベルは、私たちがこれまで読んで知っていた「アガスタの魔女」とは違っていた。華々しくスポットライトを浴びながら、心は荒んでゆく生活。ザパドノ復興を約束したマックスの言葉さえ、信じられなくなっていた。一途にマックスの約束を信じて戦うバンベドフは、泣き崩れる女優の肩を抱きながら、何を思ったのだろうか。そのことについては語られないが、余話は無言のうちにこう語っている。彼女が誇り高き「イザベルお嬢様」でいられるために、ただそれだけのために彼は勝利を望んだのだ、と。

第52話「湖畔」

◇現代〜0098・首都攻防戦
クーデターを起こしたグレミー軍の総司令官は、ジオン正常化同盟でマ・クベから「大タイタン」の称号を授かったベール将軍である。ジオン正常化同盟は一年戦争後のジオンにおいて、ジオンとスペースノイドの理想を実現するために結成された秘密結社であった。将軍が25万人の陸軍兵士を前に演説すると、ジョニー・ライデン少将の命で戦闘準備が整えられ、やがて600の砲門が火を噴いた。対する女王軍の総司令官リューリック中将は、ベールの堂々たる演説を聴き終わるとただ一言、「前進せよ」と命じ、ハマーンの首都奪回に向けた戦いの火蓋が、切って落とされる。重厚な布陣を敷き、高い士気で戦いに望むグレミー軍は女王軍に対して優勢に立つが、陣地を視察し兵士を鼓舞するベール将軍が体に不調を憶えたそのとき、グレミー軍には一瞬の隙が生じていた…。

◇現代〜0098・宮殿包囲
社主のセイラとともに新聞社屋から市街戦の様子を見ていた記者たちは、敗走するグレミー軍と行進してくる女王軍を目の当たりにする。やがて新聞社の前に装甲車が停車すると、女王軍の提督がやって来て、セイラに節度ある報道と取材の自由を認める、と言い渡すのだった。セイラはその提督、タケイ少将にハマーン宛の親書を託す。一方ゴットンとブロッホは敗戦が確実となった後も徹底抗戦を覚悟し、宮殿に籠城して抵抗を続けていたが、ジョニー・ライデン少将に連れてこられた首相補佐官フリッツは、武器弾薬も尽き果てた部隊の状況を見てとり、ついに降伏を決意する。

◇現代〜0098・首都掌握
ホテル「ベルリン」に仮司令部を置いたハマーンは、激戦の後始末に追われていた。徹底抗戦を続けるゴットンとブロッホについて、ハマーンはダイクン首相に「なぜ彼らは余に抵抗する?」と問い掛ける。やがて降伏し、彼女の前に引き出されてきたフリッツだが、そこで意外な真相が明らかになる。反乱士官のゴットン、ライデン、そしてブロッホの処遇について、ハマーンは難しい決断を迫られることになる。

◇現代〜0098・激戦のあと
リューリック中将が女王救出と引き換えにエウーゴ支援を確約していたことから、ハマーンはサイド2の戦場に赴き、オーブル軍によるガイア統一は決定的となる。やがて、マシュマーのもとに、ジオン会計検査院のトップとなったペリー博士から講演依頼が舞い込んでくる。ハマーンの今の心の内を知る由もないまま、マシュマーは女王が返り咲いたジオンの首都、ズム・シチに向けて旅立つのだった。

【この一文!】
「なぜ彼らは余に抵抗する?」
 数日前の独白と同じ内容の質問に、首相は彼女に微笑を返した。
「公王陛下(ザイネ・ホーヘイト)、彼らが戦うのは、グレミーのためでも、彼が掲げた大義のためでもありません。コルプのクーデターはコルプと一部の陰謀 家の陛下に対する私怨に基づくものでしたが、彼らの場合は違います。おそらく事の最初から、たぶん、そうでした。彼らはフリッツやゲルハルトに踊らされたのではなく、そういう事情を分かった上で、自ら進んで反乱に身を投じたのです。」
 確かにそうだな、ハマーンは各所で閃光の上がる公王宮殿の建物を見た。顔を曇らせる彼女にダイクンは言葉を続ける。
「彼らは、自分が価値ある人間(ヴェルト)であることを証明するために戦っているのでしょう。待遇(ベハンドルング)とか、制度(ジステーム)とか、あるいは運の悪さ(ウングリュック)とか、いろいろな理由で彼らは自分がこの国では正当(レヒト)に扱われていないと感じて来たのでしょう。」
 首相の言葉に、彼女はふと自分の少女時代を思い出した。迫害(フェアフォルグング)の経験なら、自分も十二分に持っているはずだ。彼女が動揺する様子を見て、ダイクンは子供に教え諭すような口調で話を続けた。
「能く戦うことで、彼らは自分をそういう境遇においた社会(ゲゼルシャフト)に復讐し、見返そうとしているのでしょう。支配者(ヘルシャ)ならば、ゆめゆめ注意しなければならないことなのかも知れません。無力(マハトロス)なように見えた彼らは、実は無力ではなかった。」
 なぜ、自分は彼らの不満に気づかなかったのだろう? ハマーンは自分の迂闊さを呪った。そんな彼女の脳裏に首相の言葉は虚ろに響いている。


▼「なぜ、彼らは戦うのだ」。味方になった者たちに対して、そして敵対し続けようとする者たちに対して、ハマーンは問い掛ける。女王の座を追われる立場となってはじめて、彼女はその「問い」を自らに問うことが出来た。生まれながらに皇位につくことを運命づけられていた彼女にとって、それは本来なら持つ必要さえなかった疑問であった。自らが価値ある人間であることを証明するため、というダイクン首相の言葉は、同時にハマーンがこの首都奪回のための戦いで見つめ直さなければならないことでもあった。彼女は勝利し、女王の座に返り咲くことが出来たが、払った犠牲もまた大きなものであった。抵抗し続けた彼らの価値を、認めざるを得なかったのだ。ここに、ただ一人戦わなかった人がいる。自らの存在価値を疑うことなく首都にいて、常に戦っている女性である。真の勝利者は、その人だったかもしれない。

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