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An another tale of Z

 SF小説”An another tale of Z” 各話レビュー

第1部 概要

 宇宙世紀0092年。一年戦争に勝利した地球連邦だったが、大戦に疲弊した大国に、ジオンを再併合する力はなく、むしろ次々にコロニーが独立を果たし、世界は群雄割拠の状態におかれていた。文明を支えるエネルギー源を求めて、また、さらなる飛躍の地を求めて、諸勢力は木星圏に進出し、資源を、そして覇権をめぐる争いを続けている。 そんな中、同じコロニー国家でありながら国家体制やイデオロギーのまったく違う敵同士の主人公、マシュマーとハマーンは出会う。二人の「亡国の恋」をきっかけに、それぞれを取り巻く人々、そして国々が動き出す。
 壮大なスケールを備えた舞台を縦断するように繰り広げられる、第一部。

第1話「木星沖海戦」

 木星圏で、資源であるヘリウム3をめぐって日常的に行われている、ジオン公国と自由コロニー同盟との間の絶え間ない争い。マシュマー・セロ率いる同盟軍木星艦隊第1戦隊は、その日も木星沖を航行するジオン軍の戦艦を捕捉すると、いつものように、敵艦に何らかの損害を与えるべく戦闘態勢に入った。木星圏では、先制攻撃がすべてに優先するという「掟」があるのだ。プロフェッショナルな男たちが繰り 広げるいぶし銀のようなドラマ。しかし敵の戦艦には、いぶし銀に至らない者が一人いた。ジオンの戦艦には、ジオン公国の皇女にして木星艦隊司令官のハマーン・ザビ・ソド・カーンが搭乗していたのだ。定石通りに応戦する戦艦グワバン艦長のグスマンだが、彼女は18歳というその年齢を越えた戦略眼から、同盟軍には何か策があるのではないかと訝しみ、自らの目で確かめるべくモビルスーツ「リゲルグ」で出撃する。しかし、先に「アライアンス」で出撃していたマシュマーに追撃され、剣を交えるうち、2機のモビルスーツは本隊から互いに引き離され、帰還不能になるが…。

【この一文!】
 グスマンは煙草を一本吹かした。誰かは知らないが、こういうものを艦橋に隠し持っていた者がいたらしい。紫煙をたなびかせつつ、安物のジオン煙草「ククルス・ドアン」の小箱を手に取った艦長は思った。ハマーンの教育係に任命されて以来、彼は禁煙をしていた。皇女の教育係というものは、それはそれは気を遣うものなのだ。ドムWのパイロットは全員が救命艇で脱出したが、単機出撃した彼女を迎える母艦は今は存在しない。どうやら、ヴァルハラで会うことになりそうだ。その時はもっと慎重に行動するように、教え諭してやろう。

▼木星圏で同盟軍の間でも「校長先生」と呼ばれ尊敬を集めていたグスマン艦長。古くからの慣習に従って、艦と運命を共にしようとする場面、図らずも彼を追いつめたのは、同盟軍の若き指揮官、そして教え子であったジオンの皇女だった。若者たちは、老将の思いを越えたところへ向かって飛び立ち、今、古き良き時代は煙草の煙とともに消え行こうとしている。去り行こうとする艦長を心情を通して、「彼ら」の時代の訪れが浮かび上がってくる。

第2話「運命の二人」

 本隊から引き離され、帰還不能に陥ってしまった同盟軍の青年士官、マシューマー・セロは、墜落してゆく敵機「リゲルグ」のコクピットからハマーン・カーンを救出。漂流しているところを助けられ、木星の衛星都市イオへとたどり着く。その間に、ハマーンの素性を知ったマシュマー。自分はともかく彼女は外交上の手続きを経てすぐ本国に帰れる立場にあるにもかかわらず、そうしようとせず、予期せぬ自由時間を得たお姫様の長逗留とイオ観光に付き合わされることになってしまう。最初は彼女を警戒し、その真意を図りかねていたマシュマーだが、次第にこの美しく、聡明で、奔放に振る舞いながらも気高さを失わない彼女に、心惹かれるものを感じ始める。そんなある日、イオの観光名所の一つ、ロキ・パテラ火山に出かけた2人。噴煙が吹き上がるその場所で、マシュマーはハマーンから、驚くべき出生の秘密を明かされる。
 ジオン本国では、手段があるにもかかわらずなかなか帰還しようとしなかったハマーンの行動に、シャア・アズナブル大将が不信の目を光らせていた・・・。

【この一文!】
 彼女は渡されたグラスを煽り、テーブルの上に置いた。強くもない酒で上気した彼女の目から一筋の涙が流れ落ちた。彼はふと、私は人間か? と、呻く声を聞いたような気がした。
「マシュマー、おまえには感謝している。あのまま木星で野垂れ死にしても、父は悲しみはしなかっただろう。他の者も同様だ。ジオンにおいて私は国家機構の一部であって、人ではない。制度のために泣く者はいない。しかし、おまえはこの一週間、人として私を扱ってくれた、だから、、」


▼マシュマーの前で、時に奔放に、時には傲慢なまでに振る舞う皇女ハマーン。そんな彼女のあるがまま、なすがままをマシュマーは受け入れ、行動をともにする。人として、ある意味ありふれたその関係はしかし、ハマーンには特別なものだった。ジオンの皇位継承者という衣を脱いで一人の少女になった彼女の、心に秘めてきた真情の吐露が胸を打つ。

第3話「新司令官、マシュマー・セロ」

 無事、衛星イオから同盟軍・デルタ基地に帰還したマシュマー。木星派遣艦隊司令官のユーリ・イワノビッチ・ヤゾフ中将が病気のため本国に帰還することになり、後任として司令官に任命されることに。木星圏で抗争を重ねるジオン公国軍木星艦隊司令のハマーンは、ひそかにこれを喜んだ。ジオンの木星艦隊内部で持ち上がっていた「マシュマー殺害計画」が頓挫したからだ。実はジオンは、マシュマー率いる同盟軍の小艦隊に、相当苦しめられていたのだった。
 そんな矢先、不吉な情報がマシュマーのもとに届けられる。強大な軍事力を誇る地球連邦軍が、第九艦隊を木星圏に派遣しようとしている、というのだ。同じ情報は、ジオンの木星艦隊基地、ヤーウェにももたらされていた。このまま、同盟軍とジオン軍とが場当たり的な小競り合いを繰り返し、相互の戦力を無駄に損耗するうちに、木星圏が地球連邦に侵攻されてりまうかもしれない。危機感を抱いたハマーンは、マシュマーと極秘のうちに再会することを決意。彼女から秘密の電話を受けたマシュマーは、バイロンシティ行きの衛星内鉄道の客となる・・・。

【この一文!】
「忘れましたよ、これ。」
 ハイマンがペンダントを差し出した。落ちた衝撃でロケットの蝶番は外れている。彼は開いたペンダントを見て一瞬凍り付いたが、作り笑いをして言った。
「ああ、私のペンダントだ。先日、地球にいる姉が送ってきた物だ、ありがとう。」
 マシュマーはビジネスマンに礼をするとペンダントを懐にしまい、足早に改札口に向かって行った。ポーカーに夢中になっている間に落としてしまったらしい。
「ハイマン君、あのペンダントの中の写真は、、」
 ホームからマシュマーの姿が消えた後、驚愕を隠せない表情でハイデルシュタインが言った。


▼長距離列車の車中で出会ったマシュマーとハイデルシュタイン。しかしマシュマーをハイデルシュタインと引き合わせたハイマンという男、ただ者ではない。しばし敵味方の関係を置いて、食事をともにし、コンパートメントでポーカーを楽しむ。どこか貴族的で、ノスタルジックな香りのただよう旅路の風景。写真を入れた銀のロケットペンダントがさらにその雰囲気を際立たせる。しかし、その小物が突如、現実を引き戻す。驚愕のハイデルシュタイン、別の意味で驚愕する私。

第4話「レダ星域会戦」 

 0093年7月3日、マシュマー・セロ少将率いる自由コロニー同盟軍木星派遣艦隊はデルタ基地を出航、一路木星第13衛星レダへ針路を取る。木星圏に侵攻を企てる地球連邦軍第九艦隊を迎え撃つのが、その目的。同じ頃、ジオン公国軍ヤーウェ基地からも、旗艦グワダンと僚艦がレダ星域へ向けて出航していた。同盟軍艦隊の戦力だけで地球連邦艦隊を圧倒することはきわめて困難と考えられていたが、マシュマーは、ジオンからも木星艦隊が出撃しており、敵がジオンを相手にしている間隙に攻撃を仕掛ければ、勝算はあるとして、出撃へとこぎ着けたのだ。
 レダ星域で邂逅する同盟軍艦隊とジオン軍艦隊。両軍の士官たちは連邦軍という巨敵の前にたちはだかるいつもの“敵”との遭遇に騒然とするが、マシュマーとハマーンは、兵士たちの命まで賭したこの二人だけの同盟を、改めて確認するのだった。
 そして今、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされる・・・! 戦いのただ中で、連邦、ジオン、同盟、それぞれの戦士たちの現在、過去、未来が交錯する。連邦軍に先制攻撃を仕掛けさせたライヒ少佐の「シェパード」、一方でハマーンの搭乗する旗艦グワダンに襲いかかる連邦艦隊。通信を傍受していた「レイキャビク」のマーロウ大佐は、愚劣な連邦軍将官らの言葉に奮い立ち、想定外の行動に出る。

【この一文!】
 ・・・マシュマーの資料を読んだ時、キムは惜しいと感じた。彼のような人材こそが連邦軍には必要だったのだ。士官学校を出ていない? それが何だというのだ。無名の同盟艦隊の将帥の肖像を思い浮かべ、キムは呻いた。マシュマー、クリストファー、スコッティ、どれも優秀な戦術家だ。
「私が仕掛けるとしたら、この出口(エスチュアリー)で仕掛けるね。」
 前方に同盟の主力艦隊の存在を確信するキムの指摘に、トウ参謀長は身震いした。


▼地球連邦軍の艦隊アカデミーで講師を務めていたキム・沖提督。当時の教え子たちは大学、士官学校を卒業しておらず、連邦軍が規定する学歴に達していなかった。一年戦争に従軍していた、というのが理由だが、官僚主義をきわめる連邦軍は、そのような事情を顧みることなく彼らを放逐する。様々な出自の士官が集まる同盟軍、連邦とジオンに相見える中で垣間見える軋轢。自らもやや官僚的なところのあるキム提督だったが、組織を見て人を見ない連邦軍の犯した過ちを、戦いの中で実感する。「私が仕掛けるとしたら」・・・教え子の優秀さに対する一抹の矜持をにじませた提督の一言の重さが光る。

第5話「帰還命令」 

 レダ星域での会戦で、地球連邦軍を撃退することに成功した同盟軍とジオン軍。共通の敵に相対したことで、両軍にはこれまでになかった友好的な雰囲気さえ生まれていた。そんな中、通常の木星圏でのパトロール任務に戻ったマシュマーだが、ある日、親友でもある「レイキャビク」艦長のエドワード・マーロウ大佐は萎れた姿で上官であるマシュマーのもとを訪れる。レダ星域会戦後に起こった、あるジオン艦との武力衝突「事件」で深く傷ついた彼は、マシュマーに辞表を提出していたのだ。彼はマーロウの話に耳を傾け、休養をすすめた。傷心を忘れるように、エウロパで羽を伸ばすマーロウ。一方ジオンのヤーウェ基地では、ハマーンが会戦後の傷がいえない中での日々の戦いに焦燥していた。その矢先、エウロパ市当局から、人身売買によって若い女性たちを乗せた密輸船を捕縛して欲しい、という要請がハマーンのジオン木星艦隊に届けられた。そのとき、同様に日々のジオン軍との衝突で消耗していた同盟のマシュマーから、ハマーンに連絡が入る。「緊急に話をしたい。このままでは我々は自滅だ」という彼に、ハマーンは密輸船のことを打ち明ける。「レイキャビクを用意しろ」。そう命じると、マシュマーは宇宙港へ向かって走り出した・・・!

【この一文!】
 ハマーンは司令部棟の中央に建つ尖塔の最上階にある自室から、眼下に十数キロ四方に渡って広がる巨大な施設を見下ろした。木星最大の軍事基地、数世代に渡って建設され、かつて大西洋連合第六艦隊が駐留していたという広大な基地は、現在の木星艦隊には大きすぎると感じるものだ。ヘブライ教の唯一神、天空を統べる神、木星を指すこともある大神の名を冠した基地の壮麗さは、しょせん仮設基地である同盟のデルタ基地など比較の対象にさえなりはしない。これはもっと別の目的のために作られた基地だ。人類をこの小さな恒星系から、別の恒星系へ、そして銀河に旅立たせるために。一年戦争以降は外惑星に活路を見出したジオンが、木星にあるこれほどの拠点を放棄することなどあり得るだろうか?

▼木星の衛星ガニメデにあるジオン公国軍基地「ヤーウェ」。木星艦隊司令解任の連絡を受けたハマーンは、本国の不可解な人事に首を傾げた。壮麗な木星基地の全容を見渡しながら、もの思いに耽る彼女の目には、ジオンの、そして人類の目指すべきビジョンが映っている。しかし彼女は木星圏を去り、地球圏へと戻らなければならない。そこには、夢見ることを妨げる厳しい現実が待っているのかもしれない。しかし彼女はいつの日か、そのビジョンへと私たちを誘ってくれるだろう。宇宙への憧れ、というSFの原点へ立ち返らせてくれるひととき。

第6話「エウロパの休日」 

 それぞれの任を解かれたマシュマーとハマーンは休暇をとり、エウロパでしばし逢瀬の時を持つ。一方、マシュマーを待つ自由コロニー同盟本国の首都オルドリン市では、リーデル・フォン・ミッテラー首相があがってきた報告書のページをめくってつぶやいていた。「これは面白いことになりそうだ」。
 エウロパのビーチで再会した二人は互いの愛を確かめ合う。しかしそんな二人の姿を歯ぎしりしながら盗み見る、四つの瞳があった。マシュマーの忠臣、カーター少佐とハマーンの旗艦グワダンの艦長、ホフマン少将である。それぞれの主君を思って罵り合う二人の前に、謎の男が現われて名刺を差し出した。どうやら二人の恋仲は、一部の人物には知られているようだ。その頃、ジオンの首都ズム・シチの艦隊司令部では、仮面の男、シャア・アズナブル大将が、レダ星域でのハマーンの指揮に疑問を投げかけていた。

【この一文!】
「我が娘はもっと外交の現実を学ばねばならぬ。木星艦隊の司令官に任命したのは、あれに同盟との折衝を求めたわけではなく、既に学ぶべきことを学んだ娘に、上に立つ者の気概、器量を学ばせるつもりであった。実はもう少し長く滞在させようと思ったが、グスマンを追い払って以降は、そう、少々増長しているようだ。ここで卿の下で修行をさせ、より成長できるようにしてやるのが、人の親としての余の配慮というものであろう。」
 この男にも父親としての愛というものはあったらしい。娘のことを話すとき、険しすぎる表情がやや緩んだことを見て取った男は思った。ただ、愛情までをも自分の都合で政治的陰謀の道具に再解釈してしまうのが、この男の救いようのないところであり、自分が逆立ちしても及ばないところである。


▼ハマーンの父、ジオンの宰相マハラジャ・カーンは、執務室に「公使」を呼び、今回の娘に対する人事について説明する。「公使」の男は、マハラジャをよく知る人物。冷酷なその表情の下に、父親としての顔を見て取ることができるのは、彼だからこそであろう。読み進んでいくと、私たちはそのマハラジャの、恐るべき野望と政治的権力に対する執着を知ることになる。エウロパで、ただの男と女に戻って愛を確かめ合うマシュマーとハマーン。しかし父マハラジャが蒔いた野望の種は娘の心の中に恐れという芽を育て、やきもきする忠臣たちのドタバタや仮面の男の疑惑をも越えて、二人の関係を終結へ向かわせていく。

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