MUDDY WALKERS 

An another tale of Z

 ガンダムAGE全話レビューを終えて 小林昭人さんインタビュー

ガンダムAGEを振り返る〜
「世襲」の物語が示す閉塞感。その先に、可能性はあるのか(4)

4.シリーズの将来を見出すために

「ヤマト2199」に見る、旧作リメイクの落とし穴


■カオル
 シリーズに行き詰まった今、原点に返って初代ガンダムのリメイクという打開策もあると思います。同じくリメイク作品として、「宇宙戦艦ヤマト2199」が公開されていますが、ここからシリーズ存続の道を拓くために大切なことを学ぶとすれば、何がポイントになってくるでしょうか。

■小林 決め手になるのはテーマです。ヤマトの場合はリメイクして絵柄など良くなったことは良かったのですが、作品の骨子になるテーマを変質させたことが問題だと思います。旧作の持っていた切迫性や危機感が無いんですよね。作品それ自体もヤマトじゃなく単純なアニメとしてみても構成なんかは単調ですし、演出もパッとしません。良かったと思っても、後で見返してみたら全部前の作品で表現されていた部分だったとか、後付けの部分は全部ダメですね。

■カオル これでは、旧作のファンさえ呼び込めないでしょうね。

■小林 それと良くないと思うのは、この新ヤマトの場合、旧作で表現されていたヒューマンな部分が全部切り捨てられているじゃありませんか。旧作は松本零士氏の影響か、ヤマトの乗組員といえどもどこか人間くさい、野卑な部分があって、そこに親しみやすさもあったのですが、新ヤマトの乗員はまるでどこかのオフィスにいるみたいで、任務なんかも淡々とこなしています。まるでイスカンダル到着まで、「地球を救う工程表」みたいなのがあって、それを一つ一つ実行すれば地球を救えるみたいな。そこが気に入らない点です。

■カオル 確かに、とても、あと一年で人類が滅びる、という切迫感が感じられない作風でした。

■小林 実際は想定外のハプニングというものはありますし、1年で地球が滅びるとか宇宙侵略されるなんて状況はそういうルーティンワークを超えたものだと思うんですよね。ヤマトというのは非常事態の中で乗員たちが徒手空拳で戦って未来を掴んでいく話だったと思いますが、そういう個々の人間の悲喜こもごものドラマは苦手なんでしょうか、まるで無視されていますね。ただでさえ仕事で呻吟しているのに、何でアニメでまで仕事みたいなドラマを見なければいけないのか、作っている人は考えたんですかね?

■カオル 本来のヤマトの乗組員は、仕事でもなく任務でもなく、使命を負って地球を旅立った。そういう物語でしたからね。それが、まるで私たちの日常の延長線上にあるような話になってしまいましたね。制作者が、決め手であるテーマを見失ってしまったように感じます。

AGEがテーマとした「世襲」が物語るのはどんな世界だったか

■カオル AGEの場合は、「世襲」がテーマとなっていました。これは何が問題だったのでしょうか。

■小林 今みたいに世の中世知辛くなってくると、新しいことをやっても大概失敗してしまいますし、サラリーマンも精神的に追い詰められていますよね。そんな中で「家業」があり親の仕事を引き継ぐ「世襲」の人々は羨ましがられると同時にある種のやっかみをもって見られています。何せ、これだけ不況でも世襲の方々は就職率100%ですからね。そして、世襲の方々も言いたいことは山ほどあって、親の仕事を引き継ぐことにある種の正当性を主張することはあります。政治家の二世議員しかり、同族企業の若社長然り、自分は他と違う、これが運命なんだという主張、いわば「世襲の論理」です。  ただ、この論理の問題点は彼らが財産を相続して社会的に力を持つことと、一般市民の生活とは全く関係がないということですね。AGEで言うなら、別に地球を守ってくれるならガンダムに乗るのはキオでもウルフでも良い。彼らのいう「世襲の論理」はどこまでも彼らの論理であって、他人を説得できるようなものではないわけです。だから、制作スタンスでそれを認めさせようという態度には問題がある。

■カオル 例えばどのようなことですか?

■小林 現実の社会で言えば、相続税は財産を持つ人には嫌われていて、人一倍努力して築いた財産を子孫に引き渡すことに何が悪いんだ、となりますが、財産を持たない人に取っては別に彼の刻苦精励や努力をほめる義務はないわけです。むしろ彼のビジネスによって社会的に損な立場に追いやられたかもしれない。だから、相続税を累進性で掛けることは稼いだ人には不公平、そうでない人には税収として再配分されるわけだから公平だとなるわけです。働いていたのは死んだ人で、別にその子孫じゃありませんからね。


不公平な「世襲の論理」がつくる、主人公と視聴者との「壁」

■カオル 世襲制というのは、富の再配分という視点に立つと、格差を助長するものとなるわけですね。

■小林 今の社会はどちらかと言えば再配分を基準に作られていたはずで、日本でも少なくとも戦後は世襲否定の論理で税体系が組み立てられていました。それが社会の富を拡大させたことは事実で、相続税の累進制度は農地解放と並んで戦後日本の発展の礎となったものなのですが、今では悪く言う人が多いようです。世襲する側は「自分は後継者の立場に甘んじずに人一倍努力してきた」と強調したがる傾向がありますが、問題はそういうことではない。人一倍努力した彼ないし彼女には目の前にニンジンがぶら下がっていますが、その他大勢の人はそうじゃありませんからね。その構図自体に問題がある。

■カオル 本質的に不公平な「世襲の論理」は番組のステイクホルダーの一部にはウケても、視聴者を納得させることはできませんわね。

■小林 100年もの長きにわたってガンダムというアイテムを相続していく主人公、しかも番組の説明によれば主人公のアスノ家は「モビルスーツ鍛冶」という家業で番組のさらに数百年前から門外不出の特殊技術を保持していたという設定ですね。登場する人物も整備工場の親父の子孫は孫まで整備工場(マッドーナ一族)、戦艦ディーバの整備員も孫まで整備員(ディゲ→ウッドピット)、そもそも初登場時14歳のフリットがガンダム工場でガンダムを作れたのも、「アスノ家の血があったから」、この構図に視聴者が乗れるかというと、、夢も希望もないじゃありませんか。  その一例としては二部から登場したオブライト中尉がいますね。彼は初登場時も中尉だったのですが、25年後の最終話でも中尉だった。顔が少し老けて渋くなりましたが、地球連邦の人事体系はどうなっているんだと。ウルフ隊長も20年間で2階級(中尉→少佐)昇進しただけですね。

■カオル 地球軍のトップエースがこれじゃあ、後は推して知るべしですね。。

■小林 つまり、制作者の論理では世襲のアスノ家とか一部の人間は番組の中でも昇進して自己実現できるけれども、その他大勢の地球連邦軍兵士や一般市民はスーパー級のエースでも10年間で1階級昇進くらいで我慢しろと、ウルフ隊長もオブライトも結局独身でしたからね、こんな感じで彼ら以外はどこまでもババを引かされているわけです。これを番組で見せつけられる。実はここにいわゆる「世襲」の人が陥りがちな罠があると思いますね。

■カオル 「世襲」の方々が潜在的に持っている特権意識が、形として出てきてしまっているのですね。

■小林 見ていて心寒く思うのは、こんなババ引きばかりに囲まれているアスノ家の方々は彼らのことを「良い人」と無邪気に思っていることです。彼らは不平等を受け入れて共通の目的、ヴェイガン全滅のために戦ってくれると。家長フリットの信ずるこれに反発したのはキオとかアセムといったアスノ家の人々で、周りのナトーラやウッドピットじゃない。どうも思想信条の自由も無いらしいんですよね。ヴェイガンとの戦いの意味を決めるのはアスノ家とか世襲の人々で、画面に映っている一般兵士には意見する権利もない。実際にこんな社会の中で暮らしていたら、「良い人」という言葉には注意が必要ですね。この言葉には人間として善良という意味のほか、発語者を中心とする権力構造を受け入れているという寓意もあるわけですからね。

■カオル 有り体に言うと、自分にとって都合の良い人ということですわね。

■小林 実際にはたぶん、そう言う人はそこまで考えて発語していないと思います。この他人に無関心のまま自己の目的を追求できること、これが世襲の悪であり、度し難い点だと私は思います。「良い人」を良い人のままでいられなくしているのは世襲者を中心とするその構図だと。だから、これが一家庭の内的な営みにとどまらず、社会がそれを支持して制度化することには私は嫌悪感しか覚えないわけです。

→つづく

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